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■第40回ウィークエンドコンサート in 田園都市
■Weekend Concert in 田園都市 第40回記念演奏会 開催のご案内
■第61回中世音楽合唱団演奏会
■4月25日に近江楽堂で発表会を行いました。
■エスペリオンの演奏会 クラクフ & 南イタリア旅行記 4月19日
■2月11日 オルティス著『変奏論』邦訳出版記念コンサート
■みなさま、明けましておめでとうございます!
■オルティス『変奏論』完成
■12月27日の演奏会より
■お久しぶりです。梅雨も明け・・・。
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■みなさま、あけましておめでとうございます!
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■結婚30周年、シチリア島10日間一周の旅
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■エスペリオンXXI フランシスコ・ザヴィエル生誕500年記念コンサート
■つくば、アンサンブル合宿
■韓国、春川古楽フェスティヴァル
■念願のホームぺージ!

第40回ウィークエンドコンサート in 田園都市
第40回ウィークエンドコンサート in  田園都市

猛暑が続きますが、みなさまお元気でしょうか?

7月18日に第40回を迎えた「ウィークエンドコンサート in 田園都市」、この日もたいへんお天気が良く、暑い日でしたが、会場の横浜市歴史博物館にはおかげさまでたくさんのお客様が来て下さいました。常連のかたも多く、お客様との気の交換が感じられるのが田園バロックの特徴です。根付いてきたなぁという実感が湧いてきます。

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今回はヴァイオリンの若松夏美さんと竹嶋祐子さんをお招きし、二つのリコーダー協奏曲(ヴィヴァルディのごしきひわ、バルベッラの協奏曲ハ長調)、ルクレールのレクレアシオント短調、ヴァイオリンとガンバのトリオニ長調、テレマンの序曲と組曲イ長調を演奏しました。

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40回記念ということで、華やかな曲を集め、またアンコールには太鼓も加わえて、ラモのソヴァージュ(「オペラ優雅なインドの国々」より)やルクレールのタンブーランを演奏しましたが、暑さが吹っ飛び元気になったという感想をいくつかいただきました。お客様の感想はいつも励みになります!

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実は、資金不足、会場の問題などなどもあり、今までに何度も「もうやめよう」と思いました。でも、毎回アンケートなどのお客様からの反応で勇気づけられ、「喜んで下さる方がこんなにいらっしゃるのだから、もうすこしがんばろう」となんとか続けてきたような次第です。普通の都心でのコンサートとは
ちょっとおもむきの違うシリーズですが、年2回の田園バロックを楽しみにしていて下さる方がいらっしゃるかぎり、続けていきたいなと思っています。

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http://www.dbc.jpn.org/

当日ご来場いただいたお客様に差し上げたカードです。

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第41回は1月16日開演2時、あざみ野の横浜市アートフォーラムで行います。

7月23日

Weekend Concert in 田園都市 第40回記念演奏会 開催のご案内

Weekend Concert in 田園都市 第40回記念演奏会 開催のご案内

 

7月18日に横浜市歴史博物館で、「第40回ウィークエンドコンサート in 田園都市」を開催致します。
1990年に宮前文化センターで第1回を行って以来、20年になります。ヨーロッパ留学中に見た本来のコンサートのあり方、それは、「都心に満員電車に乗って2時間以上かけて往復することなく、ゆったりとした気分で音楽を聴ける環境」でした。そんなコンサートを自分たちの住む地元でも、という発想で始めたシリーズです。

 

今回は、記念演奏会なので、ゲストをお二人に増やして、ヴァイオリンの若松夏美さんと竹嶋祐子さんにお願いしました。普段できないコンチェルトなどもプログラムに入れる予定です。

 

詳しくは、インフォーメーションをご覧下さいませ。

お誘い合わせの上、ぜひご来場下さいますよう、お待ちしています!

 

このシリーズは、近くに住むチェンバロ奏者の下山さんと主人の山岡と私の3人ではじめ、10年くらい前から青葉台に移り住んだ本村さんが加わって現在に至りますが、振り返ってみると、正直「よく続いたなぁ」と思います。存続の危機は一度や二度ではありませんでした。会場の問題、経済的な問題、その他、今でもまだまだ改善すべきことが山ほどあります。でも、本番のたびに、見慣れたお客様のお顔を拝見し、また、毎回遠方から足をお運び下さる方々もいらして、「根付いてきているんだなぁ」という実感が湧くと、そのことがとても励みになり、ここまでやってこれた気がします。

 

普通のコンサートとはすこしコンセプトの異なる Weekend Concert in 田園都市。「お客様の休日の余暇」を意識して作り上げています。すこしでも多くの方に満足していただけるように、これからも頭をひねっていきたいと思います。今後とも、ご支援の程、なにとぞよろしくお願い致します。

 

なお、田園バロックのHPが先日開設されました。どうぞご覧下さい。

http://www.dbc.jpn.org/

第61回中世音楽合唱団演奏会
5月16日、中世音楽合唱団のコンサートに出演しました。今回が第61回目という、ものすごい歴史を持つ合唱団です。私が学生の頃何回も聴きに行った覚えがあります。なにしろ当時はまだCDはもちろん、ルネサンス音楽のレコードもそれほど多くなかったので、大学の音楽史で習う珍しい曲を生で聴けるこの音楽会をとても楽しみにしていた記憶があります。

指揮者の皆川達夫先生は、そのころすでに結構白髪で、そのすらりとしたお姿は、35年たった今もまったくお変わりになりません。とても信じられないことですが・・・。いつも変わらぬその元気のもとはなんですかとご質問したら、赤ワインの入ったグラスを指して、「これです!」。納得のいくお返事でした。

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団員の方の中には、その当時からずっと歌っていらっしゃる方が数名いらっしゃるそうで、それも驚きです。ルネサンス時代の合唱曲は確かにとても魅力的ですが、それにしてもよくも飽きずに、といっては失礼ですが、ここまで休まず続けられる熱意、たいへんなパワーだと思います。お世辞ではなく、ほんとうに素晴らしいことだと思います。日頃の仕事を離れて、合唱団の中で過ごす時間は、きっと20代の頃から止まったままなのでしょう。最近は今の20代の若い団員も増えているそうで、その家族のような信頼関係も垣間見させていた だきました。

ジョスカンもモンテヴェルディも、聴いていて、大学時代の少人数の合唱の時間にふとタイムスリップしたような陶酔感と感動を味わいました。

トッパンホールは響きの良い、弾いていてとても気持ちの良いホールです。今回は、無伴奏で、ドゥマシのプレリュードとマレのアラベスク、夢見る女など、そして最後にカザルスで有名になったカタロニア民謡の鳥の歌をガンバ用に編曲して弾かせていただきました。

毎回満員のお客さんを集める動員力もすごいなぁ~!          
                                                   
            5月20日記

4月25日に近江楽堂で発表会を行いました。
今年は、病気欠席が何人も出て残念でしたが、一組当たりの持ち時間がけっこうたっぷりで、それなりに余裕のある発表会になりました。

私がレベルに関係なく、いつもレッスンで言っていることは、まず1音で美しい音が出せること。自分できれいな音だと思える音を出さなければ、騒音でしかありません。もう一つ、どんなにやさしいメロディーでも、ちゃんとメッセージを伝えること。それが音楽であり、ただ音が並ぶだけでは、ずっとコンピューターの方がお上手なんですから。

このふたつが、とにかくガンバを弾く上で、もっとも肝心なことだと思うのです。多少のミスは、ライブだし人間ですから気にしなくてよいのです。今回の発表会で、このふたつがだいぶお弟子さん達に浸透してきたかなと、嬉しく思いました。

共演して下さったチェンバロやヴァイオリンやトラヴェルソのかたたちも、音楽をほんとうに享受なさってことが聴いている人によくわかり、たいへん楽しませていただきました。

ガッツのあるお弟子さんたちに、私も元気をもらいました!

エスペリオンの演奏会 クラクフ & 南イタリア旅行記 4月19日
エスペリオンの「ザビエル、東方への道」のコンサートが3月31日、ポーランドのクラクフであり、今回もまた邦楽の演奏家3人といっしょに行ってきました。

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ポーランドは私にとって今回初めてで、実はクラクフのこともあまり予備知識がありませんでした。ところが行ってみるととても美しい街、落ち着いた古都で驚きました。コンサートのあった教会はカテリーナ教会といい、たいへん大きな教会でした。毎年ある音楽祭の一公演だったのですが、どこからこんなに人が集まるのかと思うほど、ぎっしりのお客さんでした。このプログラムもバルセロナ、フォン・フロア、ジュネーブ、パリそしてクラクフと5回目だったので、少しメンバーの入れ替わりはあるものの、もうみんな友達同士。日本人の演奏家のかたがたも勝手がわかっていて、ジョルディからどんどん出てく
る要求にもとまどうことなく対応していらっしゃいました。

クラクフ名物はピエロギという餃子のような形をした食べ物で、皮のなかにキャベツやマッシュルーム、チーズなどが入っています。それと寒いところ独特のドロッとした具だくさんのスープが美味しかったです。

ジョルディにオルティスの本をやっとプレゼントすることができました。日本語の内容を読んでもらえないのがとても残念です。英語と現代スペイン語と現代イタリア語に翻訳したらと言われましたが、それはちょっと時間がかかりそう。新しい情報だけでも英語に翻訳して近いうち世界に発信できたらと思っ
てます。

クラクフのあと、足を伸ばしてローマで主人の山岡とお弟子さんの海野文葉さんと待ち合わせ、久しぶりのバカンス。旅行好きの私たち、昨年はどこへも行けなかったので、ほんとうに楽しみにしていました。今回は、以前から行きたかったアマルフィ、ナポリ、アルベロベッロなどを訪れました。たまたま、オルティスの解説でいろいろ質問させてもらった音楽学者の山田高志さんの先生、ディンコ・ファブリスさんとバーリで初めてお会いすることができ、本を差し上げることができました。話してみると、彼もバーゼルのスコラ出身とのことで、共通の知人が多く、話が弾みました。なんと、オルティスの宗教曲集第1巻のマニュスクリプトが、前日までいたクラクフの大学図書館にあると聞き、とても残念! 知っていたら絶対見に行ったのに~!

じつは、去年から友達のリコーダー奏者ダン・ラウリンさんと奥さんのアンナさんとバーリで会う約束をしていたのですが、バーリ出身のアンナはファブリスさんの生徒であることも話しているうちにわかりました。な~んだ、みんなつながっているね! バーリでは、アンナのご両親のお宅でバーリ料理、ひよこ豆のソースのパスタをごちそうになりました。その昔、アドリア海でヴェネツィアとバーリが戦い、バーリは勝ったのよ、と話すアンナの得意顔がかわいかったです。

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バーリのあと、いつものように主人の運転するレンタカーでアルベロベッロ方面へ、ギリシャ起源といわれる、この地方独特の丸い屋根のの家、トゥルッロの宿泊施設に2泊しました。

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(トゥルッロの構造)

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トゥルッロの中

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トゥルッロの中

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トゥルッロの中

カーザリーニというたいへん小さな村でしたが、長期滞在したくなるようなのんびりしたところで、レストランも信じられないほど安くて美味しいものでした。アンティパストだけで、10種類くらい。モッツァレッラは今まで食べた中でピカイチでした。

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アルベロベッロの街は、とってもかわいいおとぎ話に出てくるような街でしたが、ちょっとツーリストの街になっていて・・・。

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レンタカーで立ち寄った村々では、ちょうど復活祭の行列が行われていて、十字架を担いだかわいいキリストさんもいました。ちょっといやがっていたけど・・・。

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(復活祭はイエスのお葬式のお祭り。けっこうリアルな人形が運ばれ・・・。)


チッタ・ビアンカと言われるオストゥーニという街はさすがに白い街というだけあって、家々がみんな白く、まぶしい街でした。白に反射して家の中はひんやりしているのでしょう。

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次の日訪れたマテラという街は、洞窟の街で、昔は「イタリアの恥」といわれた貧しい街だったそうですが、いまではその洞窟が観光名所になっていています。現実とは思えないような不思議なたたずまいを残していました。イタリアの田舎にはほんとうに想像できないような変わった街があるものですね。

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夕方、ついにあこがれのアマルフィに到着。

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アウトストラーダを降りてからの海岸の道は、信じられないほど狭く、対面通行のうえ、なんとバスも通るものだから、すれちがうときは、車の中で身がよじれる思いでした。復活祭のお休みで夏の伊豆のような混みよう。主人はヨーロッパでの運転には慣れており、3年前のシチリア旅行でもだいぶ鍛えられているので、問題はありませんでしたが、さすがのかれもかなり疲れたようでした。ルナ・ヴェントという修道院を直したホテルに泊まりましたが、海に張り出していて、それはそれは美しい景色でした。海から山にかけての斜面はぜんぶレモン畑。バカでかいレモンがたわわになっていました。写真20 レストランで味わった自家製リモンチェッロは格別でした。お料理も最高!

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次の日、ワーグナーで有名な村、ラヴェッロへ向かいましたが、あまりに人が多くて、駐車ができず断念。その後、ナポリに向かいました。

ナポリは、オルティスがトレドから若き日に渡り、生涯を過ごした街。当時から残るお城やヴェスヴィオ火山や港のた景色をみて、オルティスの生きた時代のナポリを鑑みました。写真23(カステル・ヌオヴォ)、24(城内のチャペルの壁画にガンバが。)、25(カステル・ヌオヴォよりヴェスヴィオ火山とナ
ポリの港) ただし残念ながら、王宮はオルティスの死後建てかえられたもので、付属図書館に行ってなにかゆかりのものがないか尋ねましたが、残っていないということでした。でもナポリには膨大な音楽資料がまだ未整理の状態であるそうで、今後ひょっとしたらオルティスに関する資料も出てくるかもしれません。

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(王宮の中庭に置いてあった太鼓)

ナポリの言葉はイタリア語よりむしろスペイン語に似ています。いかにこの街がスペイン化していたが
わかりました。

かなりごちゃごちゃしていると知りつつ、名前につられて、スペイン地区のその名もトレドというホテルに泊まりました。この界隈は想像以上の地区で、ちょっと一人歩きは怖い感じ。そして駐車難にはほとほと困りました。

ナポリ名物のピッツァ。評判高いお店のピッツァは確かにおいしかったけど、田舎の信じられないようなレストランを経験してしまった私たちには、ちょっとだけ期待はずれでした。

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(もうひとつのナポリ名物スフォリアテッラ、貝殻の形をしたパイ)

最後の日、最悪の事態が待っていました。またまたイースターの休みで地方へ遊びに行っていた人々の帰宅と重なり、まずナポリから脱出するのに1時間、その後、普通なら2時間弱で行くはずのローマまでのアウトストラーダ(高速道路)が5時間の渋滞。運転手の主人に、ああ、もうしわけない。情報
のない分、休日の東名よりひどい!
なんとか、夜中になってフィウミチーノのホテルに着き、次の日帰国の途につきました。

やれやれ、リラックスしに出たつもりの旅行だったのに、道路事情の悪さですっかり疲れてしまいました。でも、気分転換、そしてなによりオルティスの過ごした街ナポリを味わうことができ、本の出版とコンサートとCD録音を終えた今、私にとってはとても感慨深い旅行でした。ナポリやアマルフィで見た金色極彩色のチャペルはひじょうに印象深く、きっと典礼音楽でもいっぱい装飾をつけて演奏していたんだろうなぁ~、と想像しました。

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(ナポリとアマルフィのドゥオモの中)

このブログをまとめたのは、4月19日。帰国してから10日たちましたが、その間に、たいへんなことが2つ起きました。ひとつは、先日行ったばかりのポーランドの大統領が飛行機事故で亡くなったこと。いままであまり縁がなかった国でしたが、少なくとも私の接したかぎりでは、控えめで純粋でこのうえな
くやさしい人柄、そしてこのうえなく祖国愛の強い、ポーランドの人々を思い出し、ほんとうに心が痛みます。もう一つは、アイスランドの火山噴火。10日遅く噴火していたら帰国できなかったところでした! それにしても空港で足止めされている人たちが気の毒です。




2月11日 オルティス著『変奏論』邦訳出版記念コンサート 
声楽5人、ガンバ5人、オルガン、チェンバロ、ビウエラ、ギター、パーカッション総勢13人という、私の自主企画としては今までで最多の出演者で、段取りや準備も最大級にたいへんでしたが、皆さんのご協力をいただき、なんとか無事終わることができました。当日ご来場下さったお客様には、心より感謝しています。真冬の教会とはいえ、予想外に寒く、ほんとうに申し訳なかったです。演奏するほうも冷え切ってガチガチでしたが・・・。

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オルティスの声楽曲は、あまり演奏されることがないですが、たいへん美しいうえ、レセルカーダに出てくるオルティス節もあちこちにみえ、とてもおもしろく、あらためて素晴らしい作曲家だと感じました。変奏を付けて演奏することは、当時ふつうにおこなわれていたようで、オルティスの変奏例や当時の他の作曲家の例を参考にしながら試みました。もうすこし会場が響けば迫力も出て音が良く飛んだと思われるのがすこし残念でした。また、今後、すべてを即興で変奏できるようになれば、オルティス師も本望でしょうと思いますが、「すこし腕に自信がある者は、原曲から内容も寸法も無視して逸脱し、わかっていると思いこんでいるいずれかの終止形にたどり着いてしまう・・・、非難されるべきも・・・」と彼自身書いているように、つじつまの合わないことになってはいけないので、彼の勧め通り、かなりの部分楽譜に書いて用意しました。

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レセルカーダは、バス・ガンバのソロなので、できるだけ退屈にならないように、曲に合う編成を考えていろいろ工夫してみました。またオルティスの作曲したものに新しく追加して曲をのばしたり対旋律を付けたりして、「奏者の遊び」も加えてみました。みんなでガヤガヤとアイデアを出し合ったリハーサル、それは楽しいものでした!

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芸達者な仲間たちに感謝!

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生年1510年(かもしれない)というオルティス、だとしたら、生誕500年の今年、2010年に邦訳出版(1月)とコンサート(2月)、CD(秋に発売予定)が実現できることは、このうえない喜びです。じつはまったく偶然なんですが・・・。

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いっしょうけんめい書いたプログラム解説なので、HPにも載せることにしました。前半の曲目に関しては、典礼音楽に詳しい吉村恒さんに書いていただきました。当日おいでになられなかった方、ご興味をお持ちの方、良かったらどうぞお読み下さいませ。(2月16日 記)

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(クリックするとプログラムが見れます)



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練習風景1

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練習風景2

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録音風景1

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録音風景2

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写真提供者の武澤君とパチリ!




みなさま、明けましておめでとうございます!

みなさま、明けましておめでとうございます!

今年も良い年になりますように。
ご健康とご多幸をお祈りしています。

今年の私の仕事は、オルティスのコンサートと録音に始まります。
今年もよろしくお願い致します。


                  2010年 元旦

                           平尾雅子

オルティス『変奏論』完成

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"長年の宿題"だったオルティスの『変奏論』の邦訳がついに完成しました。1月15日発売です。先日の12月27日のコンサートでは、20部先行販売されましたが、ありがたくも完売、感謝感激です。

 

それにしても、日頃の演奏活動や雑用に追われて、じっくり翻訳作業に取り組む時間を作ることができず、何年も前から、たくさんの方々から、まだですか~? といわれ続けてきました。心待ちにして下さっていたみなさま、ほんとうに、長い間お待たせして申し訳ありませんでした。

 

オルティスの『変奏論 Trattado de Glosas』は、1部と2部に分かれ、1部ではディミニューション(16世紀の装飾的変奏)の技法について、2部ではバス・ガンバによる対旋律の付け方について書かれています。

 

この論文は長い文章ではないのですが、真意がわかりにくいところがとても多くて、内容が納得できるようにいたるまで実にいろんな経緯がありました。オルティスは、最後に載っている曲集はみんな演奏するけれど、その前の論文をまったく読まずして演奏していても良いものだろうか、という自問が私の中にずっとありました。はじめてこれを手がけたのは、ほぼ25年前でした。そのころ教えていた同志社女子大の学生さんの卒業レポートをお手伝いしたのがきっかけです。そのときはベーレンライターのドイツ語訳から訳したのですが、ドイツ語としても難しいうえ、どうも内容的に意味の通じないところが多く、人に読んでいただけるようなものまでには至りませんでした。その後、これはどうしても原典から訳すべきだと思い、いつかはと思いつつ、何年も過ぎてしまいました。

 

そして数年前に、ラテン系の言語に強い音楽学者の吉村恒さんが協力して下さることになり、スペイン語とイタリア語の原典を比べながら訳す勉強会を始めました。いちどの勉強会にほんの数行しかできないこともあり、それはもう牛車以下の歩みでした。しかし、語学力と楽器演奏の知識の両方が翻訳作業の必要条件といえるので、吉村氏とは良いコンビネーションだったと言えるでしょう。彼の協力なしにはとてもなしとげられるものではありませんでした。

 

 

オルティスは、1553年に同時にスペイン語とイタリア語で『変奏論』を出版しています。ベルリンの図書館にスペイン語版が一冊、ボローニャとマドリッドの図書館にイタリア語版が一冊ずつ、計3冊の原典が現存しています。SPES社のファクシミリはボローニャ本(イタリア語)、ベーレンライターの英訳はベルリン本(スペイン語)とボローニャ本を使っています。今までイタリア語版といえば、ボローニャ本が参照されてきたわけです。ご承知のかたも多いと思いますが、どうゆうわけかこのイタリア語版は、楽譜のあるるページがスペイン語になっています。

 

ところが、この翻訳の終盤になって、なんと、世の中に知られているボローニャ本のイタリア語版でスペイン語になっている部分が、マドリッド本のイタリア語版では全部イタリア語で書かれていることがわかりました。これを偶然図書館のサイトで見つけたときは、さすがに"髪の毛が逆立つほど"驚きました。「なぜそのようなことがありえるのか?!」、まったく、ミステリアスな話ですが、吉村さんともずいぶんいろいろ議論し、今回の解説に書いたような推論を出しました。

 

 

今までイタリア語版と思われていた、スペイン語が混在しているボローニャ本の他に、全部イタリア語の原典が見つかったことによって、これらを比較した結果、当時オルティスのスペイン語をイタリア語に訳した人物が途中から変化していることなど今まで知り得なかったことも判明しました。それを今回初公開できたことはこのうえない喜びです。ただ、この本、日本語なのが残念!

 

 近い将来、英語で発表できればと考えています。

 

16世紀半ばのナポリの宮廷音楽家オルティスの文章を理解するためには、当時の社会的あるいは音楽的背景や常識的音楽理論も知っている必要があるので、そのために解説をいくつかの章に分けて書きました。いろいろ調べていくうちに、目から鱗ということもあれば、その反面、謎もどんどん出てきて、収拾がつかなくなりそうになることもしばしばありました。昔の文献や現代のさまざまな参考書を読んでも、著者によっていろいろ意見が違うことも少なくなく、これらをどのようにとらえ、まとめて文章にするか、私にとってけっしてやさしくはありませんでした。解説に書いたことは、結論ではなく、これからの研究のたたき台となるべきものだといって良いでしょう。

 

この一年あまり、パソコンの前に座る時間が長く、急激に目が悪くなったようです。腰にもくるし、パソコンを職業としている人々はほんとうに辛いだろうなぁと思いました。原稿を書いていて気がついたら朝になっていることもたびたびあり、本を執筆することの大変さを知りました。また、昨年の最終校正の時期が、エスペリオンのパリ公演と重なり、アルテス(出版社)の松岡さんと携帯メールおよびパリのホテルのFAXで交信するハメになり、出版社や印刷会社の方々にはとてもご迷惑をかけてしまいました。ただ、でかける前に出来てしまっていたらまちがいを書いていたことが、ジョルティとの会話の中で判明したこともあり、申し訳なかったけど結果的には最後までねばった甲斐があったようでした。私の"校正の嵐"にいやな顔ひとつせず受けて下さったアルテスの木村さん、松岡さん、なんども楽譜浄書をして下さった石舘さんには、何とお礼を言ったらよいかわからないほどです。印刷会社の方もとても好意的だったし、みなさんの善意でできあがった本です。

ガンバを弾かれるかただけでなく、16世紀の音楽に興味のあるすべてのかたに読んでいただければ幸いです。

 

 ** インフォーメーションに載せたとおり、2月11日に祐天寺の聖パウロ教会で、出版記念コンサートを行います。
 ナポリの王室の教会音楽作曲家としてのオルティスとヴィオラ・ダ・ガンバ音楽作曲家としてのオルティス、両方のジャンルの素晴らしい音楽をひとつの音楽会でお聴きいただきます。
 ぜひ、お誘い合わせのうえ、ご来場下さいませ!

12月27日の演奏会より

ヴァイオリンとガンバは、同じ弦楽器とはいえ、まったく異なるルーツを持っています。もともと下層の人々の間で親しまれ、イタリアで「完璧な楽器」としてできあがり、今日につながるヴァイオリンと、上流階級に愛され、土地や時代によってさまざまなタイプを持ち、その優雅さゆえに!いちどはすたれてしまったヴィオラ・ダ・ガンバ。この組み合わせは、じつは"きわどい編成"といえます。

 


しかし、性格のことなるこの2つの楽器のバトルを、とてもおもしろく曲にしてくれた作曲家がいます。ブクステフーデです。この演奏会では、ブクステフーデや同じ北ドイツで17世紀に活躍した作曲家の作品を集めて、プログラムを作りました。

 

年末にもかかわらず、第九でもないメサイアでもないマニアックなコンサートに、たくさんのお客さんが来て下さいました。ブクステフーデ以外は、私たちにとっても初めての作曲家でしたが、ラインケンらは、私の楽器ティールケが製作されたハンブルクで同時期に生きた音楽家ですので、彼らがこの楽器を見た可能性もあると思うと、なにかとても感慨深いものがありました。

 

プログラム・ノート、お越しいただけなかった方にここでご紹介いたしましょう。

2009年12月27日 
近江楽堂 
 ~~17世紀 北ドイツを訪ねて~~

ベッカー(1623ー1679)
2つのヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタ第2番 ト長調

ブクステフーデ  (1637頃~1707)
ヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタ ニ長調 BuxWV 268

ブクステフーデ
前奏曲  ト短調 BuxWV 150

ブクステフーデ
  2つのヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタ ハ
長調    BuxWV 266

ショップ (?-1667) 
《我が苦悩は芽生え》(原曲 A. ストリッジョ)によるディミニューション 

ブクステフーデ
  ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタ 第4番 ハ
短調 op.2 BuxWV262 

ラインケン     (1623?~1722)         
2つのヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタと組曲
 イ短調  


ヴァイオリン 若松夏美、荒木優子
ヴィオラ・ダ・ガンバ 平尾雅子
チェンバロ 上尾直毅


プログラム・ノート

 本日は、年末のお忙しい中ご来場いただき、ありがとうございます。

今回の主役ブクステフーデらの生きた17世紀、北ドイツの冬は、温暖化の進む今日の東京に比べ、相当寒さが厳しかったことでしょう。しかし、彼らの音楽は、その寒さを跳ね返すような躍動感に満ち、体の芯から出てくるたくましい「熱さ」を持ち合わせています。年の瀬のひととき、そんな彼らのエネルギーを感じながら、本日のプログラムをお楽しみいただければと思います。

 

ブクステフーデというと、若き日のJ.S.バッハがアルンシュタットからリューベックまで370kmほど歩いて、聖マリア教会での彼のオルガン演奏を聴きに行ったというお話(『死者小伝』)で有名ですが、17世紀の北ドイツを代表する教会オルガニスト、作曲家として活躍した彼は、素晴らしいカンタータや器楽曲もたくさん残しています。

 

本日のプログラムは、ブクステフーデおよび彼と同時代に同じ北ドイツで活躍した作曲家たちの、ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのための名曲を集めたものです。

 

彼らの時代、音楽の中心地であり発信地はなんといってもイタリアとフランスでした。イタリアではコレッリが、フランスではリュリが大活躍していた時期にあたります。北ドイツは辺境の地であり、そこには中央の国々に対する憧れがありました。しかし、小規模ながらも、質実な気風を感じさせる、この地方ならではの音楽活動が都市ごとに根づき、特にかつてのハンザ同盟の中心都市リューベックでは、聖マリア教会を中心として、実に中身の濃い音楽の営みがあったのです。

 

この教会では、前任者で義理の父(舅)、F.トゥンダーの志を継いでブクステフーデが催した演奏会シリーズ、「アーベント・ムジーク(夕べの音楽)」が、年に5回行われていました。それは、街の商業組合から資金支援を受けた無料演奏会で、市民の音楽活動の拠点ともなっていました。(このシリーズは19世紀初頭まで受け継がれました。)

 

本日は、ブクステフーデの音楽を4曲演奏します。
彼は、ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタを1曲だけ残しています。この作品は、トッカータ風の性格を持ち、ファンファーレのような華々しい導入のあと、ほとんど途切れることなく、自由に紡ぎ出されるような旋律が次から次へと発展していきます。威勢よく駆け抜けるようなソナタで、この楽器がもっともよく鳴るニ長調で書かれています。

 

チェンバロ・ソロの前奏曲ト短調は、自由なトッカータの部分と対位法的なフーガの部分が3回ずつ交替であらわれます。それぞれのフーガは、同一のテーマに基づくものですが、リズムの変化がみられ、最後のフーガでは、シンコペーションを多用した複雑なリズムで盛り上がりをみせます。

 

彼は、ヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタを14曲作曲しています。ハ短調のソナタは、5つの部分に分かれていますが、美しい2重奏に始まり、活発なフーガのあと、ゆったりとした経過部、3拍子のアリア風の楽章が続きます。そして最後に、郵便馬車をあらわすモチーフとしてよく使われる16分音符2つの同音連打に始まるフーガで、盛大に曲を閉じます。

 

2つのヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタハ長調は、中間部分に第1ヴァイオリンによるソロ(導入部とジグ)があり、これを挟んで前後に、重厚な和声を形作るゆっくりとした合奏(重奏)部分と躍動的なフーガが繰り返されます。特に最初と最後のゆっくりとした合奏部分は、3つの弦楽器で5声を奏でるように書かれており、オルガニストらしい美しい和声進行による響きが印象的です。

 

本日登場するブクステフーデ以外の3人の作曲家は、いずれもハンブルクで活躍した作曲家です。

 

ショップはリュートやコルネットも演奏した器楽奏者でしたが、とりわけヴァイオリンの演奏に優れ、宮廷や教会で活躍しました。ディミニューション《我が苦悩は芽生え》は、『素敵な飾り棚 'TUITENEMENT KABINET』というさまざまな作曲家の作品を集めた曲集に含まれ、 A. ストリッジョのマドリガーレを原曲として、ヴァイオリン用に変奏を加えて編曲したものです。16世紀から17世紀初めにかけて流行したこの様式は、おもにイタリアで行われていましたが、彼はこれを模倣しながらも、重音を連続的に用いるなどこの楽器らしい編曲を示しています。

 

ベッカーは、ショップの後任としてハンブルグの宮廷楽団に仕え、そののち大聖堂で音楽監督を務めたオルガニストで、ヴァイオリニストでもありました。本日演奏する曲は、実は「2つのヴァイオリンとヴィオローネと通奏低音のためのソナタ」と書かれています。ヴィオローネ(大きなヴィオラの意)とは、もともと16世紀にはバス・ガンバのことでしたが、この時代には、今日一般にヴィオローネといわれる16フィートの大型ガンバのほか、大振りのチェロ、バス・ドゥ・ヴィオロンを指すこともありました。この曲は、ガンバでも演奏できますが、多少低めな音域から判断すると、大振りのチェロを想定して書かれているようです。フーガによる3つの弦楽器のソロと、和声的な合奏部分が、途切れることなくコンパクトに交互にあわわれます。この曲は彼の作品集『春の実りの音楽 Musikalische Fru"hlings - Fru"chte 』に収められています。

 

ラインケンは、北ドイツまたはネーデルランドを出身とする家柄で、スヴェーリンクらの伝統を引き継ぐ教会オルガニストとして活躍していました。ブクステフーデとのエピソードほど有名ではありませんが、バッハはハンブルグにもラインケンのオルガンを聴きに訪れており、彼をたいへん尊敬してたことが言い伝えられています。彼の作品集『音楽の園 Hortus musicus』に含まれる6曲は、すべてソナタと組曲からなっています。第1番のソナタの部分は、ヴァイオリンとガンバの同じメロディーによる競演がみられ、執拗なまでに繰り返されるモチーフが印象的です。これに続く組曲では、典型的なバロックの舞曲が並んでいます。いずれも17世紀ドイツらしい素朴な作風で、とくに最後のジグはルネサンス時代の強い脚さばきをともなうジグを彷彿とさせます。この曲全曲は、バッハによって鍵盤音楽に編曲されています(BWV965)。

 

ブクステフーデらの北ドイツの音楽は、洗練されたイタリアのソナタやフランスの組曲を模倣したスタイルをあちこちに見せながらも、ときに無骨で流麗さとはほど遠いような旋律線があらわれることもあります。しかし彼らの音楽には、よその土地では生まれ得ない、逆境にも打ち勝つようなたくましさ、そして人間臭さが感じられます。それにともなう取り繕うことのない人間性こそが、今日の人々の心をも惹きつけてやまない、彼らの持ち味であり独特の魅力なのではないでしょうか。このような音楽の性格は、厳格なプロテスタント精神やその風土と深いつながりを持ち、北ドイツの伝統となって受け継がれていきました。偉大なるバッハがドイツに突如として出現したのではないことが、ここにはっきりと証明されているのです。

お久しぶりです。梅雨も明け・・・。

今年は梅雨はたいしたことなく、楽でしたが、ちょっと秋の作物が心配ですね。

 

大詰めにさしかかっている、オルティスの翻訳本の出版は、解説の校正の段階で細かい確認事項がとても多くて、またまた時間がかかっています。7月末出版の予定でしたが、出版社の都合もあり、9月末になってしまいました。待って下さっている方にほんとうに申し訳ないと思っています。
解説は、16世紀の音楽にご興味のある方にはおもしろいかも知れません。とくにヴィオラ・ダ・ガンバを演奏される方には、けっこうびっくりニュースもありますので、どうか楽しみにしていて下さいませ。

それにしても、ずっとコンピューターのまえに座っていると、よいことはありませんね。目は見えなくなるし、顔は乾くし、とても不健康です。ガンバを弾いている方がまだずっと健康的であることがわかりました!


コンピューターで仕事をしている方はたいへんなんだなとつくづく思います。

この仕事にかかりきりで、コンピューターに向かっていても、ブログを書く暇がなく、このところさぼってしまっています。本が完成したら、またいろいろ書きたいことがあります。どうぞよろしく!

もう年度末!

 今年に入って、6月末に出版予定のオルティスの「変奏論」の訳と解説の原稿の仕上げに追われ、コンサート以外はほとんどモグラ生活を送っていました。(私のコンピューターは地下にあるのです。)やっと目鼻がたってきたので、ブ  ログを書く時間ができました。

 

 1月25日におこなった「第37回ウィークエンド・コンサートin田園都市~冬の団欒、合奏の愉しみ」から2ヶ月近く過ぎてしまい、もうホットなニュースや写真とは言えないのですが、思い出したことをすこし書いてみたいと思います。写真は、お手伝いをして下さっている牧野博文さんが撮して下さったものです。

 

 

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 今回は、昨年1月のように息子平尾清治を加え、3本のリコーダー(山岡重治、本村睦幸、平尾清治)とヴィオラ・ダ・ガンバ(私)とチェンバロ(下山真理子)という編成で行いました。親子とアンクルとアーント(笑)みたいな家族的な音楽会になりましたが、いつものバロックだけでなく、ルネサンス時代の合奏曲も入れて、暖かい団欒の雰囲気が会場にただよったような気がしました。

 

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 通奏低音のあるバロック音楽とそれ以前のルネサンス音楽を、ひとつの音楽会の中で、しかもソロではなく合奏するのは、とても珍しいことです。とくにガンバは、リコーダーに比べてまだまだルネサンス楽器が普及しているとは言えないので、揃ってルネサンス楽器にするのは贅沢なことかもしれません。同 じ古楽でもこれほどの違いがあり、それにふさわしい楽器があることを、田園バロックのシリーズの中で比べて聴いていただくのも、たまにはおもしろいのではないかと思いました。音楽と楽器は、にわとりとたまごのようなもので、つねに関わり合い、お互いに求め合うものです。実際、音楽に合った楽器の音色があり、楽器から教えられる音楽があります。ふしぎなもので、ふさわしい楽器で弾くと、奏法以外のところであらたなものが見えてきて音楽自体が変わってくるような感覚があります。今回のように、ひとつのコンサートの中で、バロックとルネサンスの楽器を取り替え、それに合わせたピッチやテンペラメントでそれぞれ合奏すると、このことがきわだって感じられ、いつもとはひと
味違ったコンサートでした。そのうち、すべてルネサンス音楽の楽しいプログラムを田園バロックでも企画したいと思っています。

 

満員のお客さんに感謝!

 

 ほぼ年2回のペースでやっているこのシリーズ、プログラムや客演には毎回頭をひねります。やっていける範囲でいろんなヴァラエティを考えて企画しているつもりなのですが、一回ごとの特徴づけは簡単ではありません。地域での、そしてシリーズで続けるコンサートは、他の一般のコンサートとはすこし性格が違います。ヨーロッパの街の教会であるような、すてきな音楽を市民の方々に提供するコンセプトではじめたウィークエンド・コンサート。37回ともなると、ありがたくもこのシリーズをいつも愉しみにして来て下さるお客さんや、ご家族お揃いでお越し下さるお客さん、また遠くから横浜歴史博物館まで足を運んで下さるお客さんもいらっしゃり、存じ上げているお顔も多くなりました。それだけに、一貫性の中に各回のトピックを練り込むという、それなりの取り組み方が必要だと思っています。できるだけ、アンケートのご要望にも答えるべく、プログラム作りをしていきたいと思っていますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。また、まだこのシリーズをご存じないかたも、ぜひご来場下さいませ。お待ちしています。

 

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 次回第38回は、6月21日に決定しました。金子浩さんをゲストにお迎えし、優雅なリュートやにぎやかなギターによる通奏低音を堪能していただきたいと思います。プログラムは、フランスのバロック音楽、オトテールやモンテクレールなどのアンサンブル曲のほかに、私は、田園バロックで初めて、金子さんとのデュオのマレを弾く予定です。詳細は近いうちにインフォーメーションに掲載致しますので、どうぞご覧下さい。

 

 オルティスの解説を書くのは、同じタイピングでも、ブログを書くのとは大違い。ほんとうに大変です。もうコンピューターに向かうのはたくさん、ガンバが弾きたいとなんど思ったことか(笑)。こうゆうことでもないといろいろ調べたりしない私なので、とても勉強にはなりましたし、楽しかったのですが、それを文章にするのは別問題。未だに新しい情報が入ったり訂正したりすることもあり、これからまだまだ校正に時間がかかりそうです。

 

 オルティスのために、今年の確定申告は、締め切りぎりぎりの3月16日夜10時に郵便局に駆け込む、という事態になりましたが、なんとか無事終了。もう年度末ですね~。あっというまの3ヶ月でした。

みなさま、あけましておめでとうございます!

2009年の横浜のお正月はたいへんよいお天気に恵まれました。
おせちやおもち、たくさん召し上がりましたか?
我が家では、暮れに母といっしょにたくさんおせちを作りました。
作りすぎたきんとんはまだ残ってますが・・・。
今年はクチナシの実が多すぎて、マッキ~ッキ~のきんとんになっちゃいました。
私の定番は、からしれんこん。ちょっとめんどうくさいのですが、人気ナンバー1なので、毎年作っています。

今年はいよいよ、オルティスの「変奏論」出版の年です。
たいへん長い年月がかかりましたが、今が正念場、お天気がよいのに、地下のコンピューターの前で、モグラのように最後の原稿書きの毎日が続きます。
私には荷が重すぎると、何回やめようと思ったかわからないのですが、もうここまできたからには、形にしようと、がんばっているところです。
でも、いろいろ16世紀の理論や時代背景も調べていくと、とてもおもしろく、目からうろこ状態が続いています。
ただ、調べれば調べるほど諸説出てくるので、時間がどんどん過ぎてしまい、まとめるのがたいへんです。

夏には、アルテスから出版の予定です。
みなさま、16世紀の変奏について、オルティスについて、ご興味をお持ちの方は、ぜひご覧になって下さいね。
「譜めくりのいらない楽譜」もつけます。ただ版が小さめなので、多少拡大コピーしたほうがよいかもしれませんが。 

この不況で世界全体が滞っているのを実感するこのごろ、そして自分自身もしょっちゅうへこんでいますが、生きている以上、生きがいを持ちつつ、笑顔で日々をおくることを、いまいちど確認したいと思います。

みなさまのご健康を心からお祈りしています。

釜山演奏旅行

10月6日から韓国の釜山に演奏旅行に行ってきました。同行したのは、主人の山岡とチェンバロの戸崎廣乃さんです。主人のお弟子さんの李昌旭さんが率いるリコーダーのグループのお招きでした。
釜山に行ったのは初めてでしたが、南の日本海に面した大都市、今まで行ったことのあるソウルや春川とはずいぶん様子が違っていました。海雲台というリゾート地のコンドミニアムの11階に滞在しましたが、目の前が素晴らしい浜辺で、遠浅の海が大変美しく見え、お部屋も広くて、ずっと住みたくなるようなところでした。

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今回のコンサートでは、われわれ以外に韓国人の小学5年生の女の子が一曲出演することになっていて、着いてすぐそのお子さんとのリハーサルがありました。サンマルティーニのソナタを軽々と吹き、アンサンブルもすぐ慣れて、なかなか頭のよいお子さんでした。韓国のリコーダー界は、若い人材がとても意欲的ですが、ここにもすごいタマゴちゃんがいました。
その日の夕飯は、釜山のワタリガニ料理をごちそうになりました。特におき漬けにしたワタリガニは最高でした。

コンサート当日の午前中に、海雲台を散策し、温泉に行きました。本番前なので長風呂にならないよう、気をつけて。でも海を見ながらの広々としたお風呂はとても気持ちよかったです。お昼に名物のアワビのおかゆに舌鼓をうち、会場へ。500人くらいの日本のホールと同じようなところですが、さすがに韓
国。舞台の上には韓国語でコンサートタイトルの書かれたたいへん大きな横断幕が掲げられていました。日本の昔の学芸会を思い出しちゃいました!

初めてガンバを聴いた聴衆が多かったそうですが、とても喜んで下さってうれしかったです。韓国のお客さんは、いつも素直に感情を出されます。たくさんの人が声を出して拍手をします。音楽会の反応だけでなく、韓国人は喜怒哀楽をはっきり表に現す人達です。顔は似ていても、ずいぶん性格が違います。コ
ンサートのあとは、たくさんのお客さんがいっしょに写真を撮りたいと人なつっこく来て下さいました。

次の日、主人がレッスンをしている間、私は、つくばの合宿に来てくれた3人、ガンバのミュンスクさんと釜山に住むフルートのキョンミさんとそのお弟子さんといっしょに、観光しました。美しい海を見、朝鮮の素晴らしい陶器の展示場を訪れ、ふぐ料理をごちそうになりました。

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でもなんといっても、ハイライトは、韓国式医学のドクターを訪れたことです。私が東洋医学にとても関心があることを話したら、いいところに連れて行ってあげると、キョンミさんがすぐに予約を入れて下さいました。ドクターは、右手と左手の脈をみて、いろいろ診断していました。ドラマ「チャングムの誓い」を思い出しました。私は、4つの性格、水木金土の中の金だそうです。そして、左半身を主に針を打ち、最後に、適する食べ物と適さない食べ物を書いた紙を下さいました。
それによると、私は、肉、乳製品、砂糖、油、小麦、根菜、コーヒー、お茶などが合わず、魚、緑の葉野菜、小豆、米、大麦、バナナ、いちご、豆腐、そばなどが合うのだそうです。とても以外だったのは、根菜があまり向かないということで、日本で私が通っている「快医学」では、根菜を食べるように言われているので、どうしたものか。こんど快医学に行って、根菜の疑問を解くべく、あらためてOリングテストをしてもらおうと思います。でも合わない食べ物でも好きなものはいっぱいあるし、それらをぜんぜん食べないのはかえってストレスになるので、元気なときは結構食べちゃいます。ただ傾向を知っておくと、節度を持って食べられると思うのです。私みたいな食いしん坊には!

今回もまた、韓国は日本に追いつけ追い越せの勢いがあると感じました。人々のエネルギーもすごいです。日本も以前はこうだったのに、いつのまにか疲れてきているのかもしれません。彼らにパワーをもらって帰国しました。

夏の最後のコンサート

8月30日に軽井沢でコンサートがありました。以前から親しくさせていただいている、元農大教授久能木利武先生の別荘でのハウスコンサートです。今回41回目とかで、私はこれで3回目です。先生は2年前に亡くなった私の父とはカメラ友達で、父もお会いすると楽しそうにカメラ談義をしていたのを思い出します。

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今回は、父の3回忌と私のレコードアカデミー賞受賞のお祝いを兼ねて企画して下さいました。バッハのガンバソナタ3曲がリクエストでしたので、チェンバロを桑形亜樹子さんにお願いして、梅岡さんに楽器をお借りしました。軽井沢はとても湿気の多いところで、当日も案の定雨が降り、湿度の高い、そして人口密度も高いお部屋での本番となりましたが、心配したような調弦の狂いは不思議なほどなく、特に後半はお客さんも私たち奏者もとても集中して音楽に向かっているのを感じました。そこには、父も同席しているようでした。ガンバのコンディションを守ってくれていたのは、彼のしわざかだったのかも。

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前半は、バッハの1番と2番、後半はまず私のアーベルの無伴奏と桑形さんのフローベルガー、そして3番のソナタでした。彼女は私の父に会うことはなかったけれど、フローベルガーの「フェルディナンド4世のためのラメント」の入った組曲を父のために弾いて下さいました。死者を想うこの世の人は悲しい想いをするけれど、いまは素晴らしい世界でいきいきとして私たちを見守ってくれている・・・、そんな想いにさせてくれる演奏でした。うれしかったです。

彼女とは、昨年までいっしょに弾くチャンスがなかったのですが、このところ何回かチャンスがおとずれ、私の大好きなチェンバリストのひとりになりました。お互いに意志がはっきりしていてとてもアンサンブルしやすいです。

お客さんは遠く京都や広島から来て下さった方もいらして、久能木先生の人なつっこく気さくなお人柄が呼ぶ引力はすごいなと思いました。演奏のあとは、たくさんおいしいものが用意されていて、初めての方や数年ぶりでお会いする方など、たくさんの方々とのおしゃべりも楽しかったです。以前父が久能木先生のためにお作りして差し上げた茶色の大樋焼き風の抹茶茶碗でお抹茶をいただくというサプライズもあり、感無量でした。この日もたくさんの文化人や芸術家、学者の方々とお知り合いになりました。

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桑形さんと梅岡さんは翌日お仕事でその日中に帰らねばならず残念でしたが、私は翌日先生に鹿島の森ホテルで昼食をごちそうになりました。前日まで天皇皇后両陛下が滞在されていたホテルです。ここは、以前両親が久能木宅のコンサートを聴きに来たとき泊めていただいたホテルでもあり、緑の大変美しいお庭を散策していたのを思い出します。そのお庭が見える思い出のレストランでの会食でした。今回のコンサートのお客さんで先生の京都でのお知り合いのご夫妻(Miss Daisyというイングリッシュ・ティールームをやっていらっしゃいます。)もごいっしょで、食事のあと、その方達の車で、私の好きなルバーブ(これでジャムを作ります。)を買いにマーケットへ連れて行ってもらいました。ルバーブは日本ではこのあたりが特産地のようです。車が渋滞していて新幹線の時間がきわどかったのですが、無事ゲット。ガンバとでっかい蕗のようなむき出しのルバーブをつっこんだカバンを持って満席の新幹線に乗り、帰宅しました。

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この日31日は主人重治の誕生日。夜はみんなでバースデーパーティーをしました。主人特製のボロネーズソースやアスピックゼリー、サーモンのテリーヌに舌鼓を打ったあと、バースデーケーキ。久能木先生にいただいた軽井沢のラ・テリエールと我が家近くのセンター北自慢のレジオンのケーキが揃いましたが、どちらも命かけて作っているケーキだなと思いました。

う~ん、パティシエもすごい職業だな!

2つの夏期講習会

■ガンバ協会夏期講習会 7月26日~29日

久しぶりに、ガンバ協会の合宿の講師を務めさせていただきました。以前とはずいぶん様変わりして、ちょっとびっくりしました。以下は、ガンバ協会の会報に載せた文章です。

今年の講習会は、奇しくも理事さん達もわれわれ講師たちもすべて女性ということで、さてさてどんな講習会になるのか、何が起きるのか、ずっと前からひそかに楽しみにしていました。ふたをあけてみると、4月の準備会議に始まり事後処理にいたるまで、そのきめ細かく行き届いた段取りには目を見張るものがありました。目に見えないご苦労がたくさんあったと思いますが、しっかり手綱を引かれる会長さんの人徳と有能な理事さんたちの連携プレー、素晴らしかったです。また、事前に決めて下さったコンソートの曲は、坪田さんをはじめさすがによくわかった人材が選んだ曲目だと思いました。

ご参加下さった受講生の皆さんは、全体的に私の記憶の限りでは今まででいちばん熱心だったような気がします。 宴会部屋はがらんとしていて、お遊びコンソート大会というムードはなく、本当に真剣によく練習なさっていましたし、それだけにこちらのレッスンに対するモチベーションも高くなったように思います。皆さんとごいっしょに音楽を作っていく過程がとても楽しかったです。

もう一人の講師、風早さんは初めての講師ということでしたが、すべてに渡っていっしょうけんめい真摯に対応していらっしゃり、講師の役目を立派に果たしていらっしゃいました。アシスタントの安孫子さんと頼田さんもレッスンをスムーズに進めるために大きな力になりました。4台のバスガンバでコンサートができたことは、すごくうれしかったです。

チェンバロの桑形さんと平山さんの通奏低音で、個人レッスンを受けられた方々は、たいへんここちよく安心して演奏ができたのではないかと思います。このようなチャンスは本当に貴重だと思います。桑形さんの音律に関するわかりやすいレクチャーのあと、コンソートレッスンで実際に美しい長3度を体験していただけたのも、この講習会ならではの収穫だったのではないでしょうか。コンソートがこれからもっともっと楽しいものとなるよう願っています。

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私のレクチャーでは、理事の森田さんとアシスタントの頼田さんも踊って下さり、マレの舞曲がどれほど実際の踊りに近いものかを目で見ていただくことができました。最後には皆さんにマレのメヌエット(1巻、2台のヴィオルのための組曲ト長調)でステップを踏んでいただきましたが、踊りのキャラクターが音楽とどのように結びついているか、少しでも実感があったなら、それはきっと演奏するときの肥やしになることでしょう。踊りが見えるような演奏をめざして、楽譜を見直してみるのもよい機会かもしれません。

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ガンバ協会の講習会が、ここ数年様変わりしたことは、理事さんたちの仕掛けがあったと思いますが、受講生の皆さんの意欲も強く感じられて、たくさんのキラキラした笑顔を見ることができたのが印象に残りました。平均年齢が高かったのはちょっと気になりますが。(笑)

気持ちの良い温泉、おいしいお食事も有り難く、忙しかったけれど、メリハリのある楽しい4日間でした。
ありがとうございました!


■つくばアンサンブル合宿

こちらは、今年で8回目、まさしく講師も受講生もみんなで助け合って寝泊まりする合宿です。講師はいつも通り3人で、私以外にリコーダーの本村睦幸さんとチェンバロの上尾直毅さんです。アンサンブルを中心に講習します。生活指導?は、スタッフ長谷川敦子さんと受講生のひとり森田彰子さんが先頭に立って、修学旅行のように(笑)采配をふるって下さいます。今年は、人数が少なめ(全部で20人)でしたが、それはそれでファミリーのような楽しい雰囲気がありました。とはいっても、レッスンは三人三様ながらみっちりきびしく、同じ曲でもいろんなアプローチの仕方があって面白かったという感想を受講生のみなさんからいただきました。たまには正反対のことを言うこともあるようですが、いろんな意見の中から、自分たちのグループで先生からのサジェスチョンをチョイスをすればよいことで、こういう講習のありかたもありかなと思います!

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韓国から今年は4人の受講生が参加して下さいました。言葉の壁を越えて、大変仲良くなりました。去年から参加して下さっているミュンスクさんとお弟子さんのサンギさん。サンギさんの上達ぶりにはみんなびっくりしていました。トラヴェルソのJeongさんとそのお弟子さんは、はじめてでしたが、すぐになじんで下さって、恒例のダンス(今年はモーツアルトのコントラダンス)の時間も楽しそうに踊っていらっしゃいました。

今年の講演は、赤塚健太郎さんでダンスと舞曲について、とくにクーラントについてお話し下さいました。舞曲の様式化のこと、演奏と実際の踊りの関係、なかなか興味深い内容でした。ここでも森田さんがガンバ協会で踊ったマレのクーラントを披露して下さり、この舞曲独特のリズムの交差が目と耳でわかる実演も、おもしろかったです。

最後のお楽しみはバーベキュー。いつもは汗だらだらなのですが、今年は夕食でけっこう涼しかったので楽でした。真剣にレッスンしたあとのバーベキューは格別なものがあります。今年はさんまではなく鮎とホタテを焼き、最後の仕上げは焼きうどん。めちゃおいしかった。つくばの合宿の目玉はやはりこれかな!?

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昨年に引き続き今年も地域の障害者のお子さんたちのためのミニコンサートをしました。なかなか静かに聴くという感じにはなりませんが、感受性の豊かなお子さんも多いので、なにか感じてもらえるものがあればいいなと思います。

合宿の締めくくりは発表会。今年は受けたレッスンを消化する時間を持てたグループが多かったようで、レッスンの効果がいままでよりはっきり出ている組が多かったです。ただ、やはり、中二日の講習会は短い、というのが私の感想です。日本の会社員などの方々のおつとめの事情は、夏でも4日とるのが、やっと。これはじつに悲しいことだと思います。ヨーロッパの講習会はその点ゆったりしていてとてもうらやましいです。

今年の夏も終わろうとしています。暑かった今年の夏。でも私は暑い夏が好きです。夏の終わりは、くわがたさんと軽井沢でハウスコンサート。バッハ3曲弾きます。軽井沢はもう夜は16度にもなるとか。寒がりの私は暖かい服を用意しなくては・・・。

リサイタルを終えて

一昨日リサイタルを無事終えることができました。たくさんのかたがたのご協力を得て、気持ちよく弾くことができたこと、心から感謝したいと思います。
ご来場下さったみなさま、本当に有り難うございました!とてもたくさんのお客様に来ていただいて、最高にうれしかったです。

今回のコンサートは、マレをよくご存じの方ばかりでなく、初めての方もたくさんお見えになるということで、ずいぶんプログラムには悩みました。マレばかりで、お客様が飽きちゃわないように・・・。(笑)それで、彼のいろんな「横顔」を映し出すヴァラエティーにとんだコンサートにすることをコンセプトに考えました。

コンサートの始まりは、オーソドックスな組曲として、名曲のひとつホ短調の組曲を選びました。2曲目はニ長調の組曲ですが、ホ短調のような舞曲は入れず、メリハリの良い4つの小品を別々の巻から抜き出しストーリーを作りました。最後のシャリバリは、鍋釜をならしバケツをひっくりかえしたような感じが出ていたかしら。

3曲目は大好きな「メリトン氏を偲んで」。このトンボーを30才にして発表したマレの才能は驚嘆するばかりです。他の作曲家にはできないことだと思います。

後半の一曲目、自作の Prelude en Harpegement (マレのニ短調(4巻)のプレリュードの通奏低音パートをもとにした無伴奏プレリュード)は、今回のために作曲し初めて演奏しました。そのあと、リュート1台の通奏低音で標題音楽を4曲。最後に弾いた「嘆き」は、いつもながらマレの人間愛を感じました。しっとり系のあと、コンサートの終わりはコミカルに行きたいと思い、ラビランテ(迷宮)にしました。
とっても楽しく、同時にとっても緊張するコンサートでした。

ハクジュホールの舞台は、非常に弾き心地がよいです。ただ客席では、場所によって楽器間のバランスや響きのつたわりかた、音色までがいろいろ違って聞こえたようです。ご来聴下さったみなさま、良かったらご感想などお聞かせ下さい。(お問い合せのところをクリックし、アドレスの2つある@マークをひとつ除いて宛名にペーストして下さい。)
今後ともよろしくお願い致します!

このリサイタルにさきがけて、7月2日姫路のパルナソスホールで、今回のメンバーにダンサーの湯浅宣子さんを加えて、「鏡の間~ヴェルサイユの華と憂い~」というタイトルのコンサートを行いました。こちらは800人収容で大変残響が長いホールです。リュリ作曲ダングルベール編曲チェンバロ独奏用アルミードのパッサカリアを始め、いくつかの舞踏譜のあるダンスばかりだけでなく、湯浅さんにマレのシャコンヌ(5巻のト長調)の振り付けをしていただき、アルルカンの衣装で踊っていただきました。マレの舞曲はダンスにとてもよくマッチするので、このような試みはもっとやりたいなと思いました。リュリはダンスの名手として有名ですが、弟子のマレも、作品から推測すると、相当踊れたのではないかと思います。銅版画などによるとスマートな体型ではなかったみたいですけど・・・。彼ほどダンスのコレオグラフィーを目に浮かば せてくれる作曲家は、なかなかいません!

他には、メリトン氏を偲んで、迷宮、2つのヴィオルのための組曲ト長調(1)などを演奏しました。ムーディーなバロックギターによる演奏(ドゥ・ヴィゼの組曲)も好評でした。
それにしても、同じ編成で2つのホールでやって、楽器のきこえ方が、ずいぶん違っていたのには驚きました。高音が伸びるホールと低音が伸びるホール。同じホールの中でももちろん場所によっていろんなきこえ方がします。楽器のメンテナンスって、これだからほんとうに難しい、と思いました。

もうすぐリサイタル

急に暑くなってきましたが、みなさまお元気でしょうか?
ついにリサイタルが間近になってきました。

実は私、5月の終わりから梅雨の間調子が悪くて、体が動かず、仕事もぎりぎりの状態でやっていましたが、ようやくこのところ戻ってきました。体が元気でないと、心も下を向いて良いことは何もありません。でもやっと体がなおってきたので、気分も上昇しつつあります。これからリサイタルに向けて、最後のコントロールです。

最近歯の矯正装置が取れたことも随分気分に影響していると思います。半年という矯正期間としてはとても短い時間でしたが、それでも私にとってはけっこうきつかったです。奥に引っ込んでいた八重歯がきれいにそろいました。リサイタルでは初めてきれいに並んだ歯をお見せできると思います!(笑)

今回のコンサートは、アカデミー賞をいただいたことで、いままでの「マラン・マレの横顔」シリーズをまとめたコンサートを開きたいと思い、計画しましたが、初めてマレを聴いて下さるかたも、よ~くご存じのかたも、またご自分でも弾かれる方もいらっしゃると思うので、プログラムを作るときはだいぶ悩みました。
伝統的な組曲(プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジグetc.)は、1曲だけにしぼり、できるだけヴァラエティーにとんだ曲を念頭に選びました。

シリーズ I からIV までと、当日先行販売される新盤 V のCDから選んだ曲目ですが、CD と生演奏はぜんぜん違います! CDを持っていらっしゃるかたにも、ぜひナマをお聴きいただきたいです。
人間マラン・マレのメッセージを100%出せるようがんばります。

プログラムの詳細は次の通りです。

組曲 ホ短調 ( II巻, 1701 )
Suite en mi mineur
Prelude / Allemande / Courante / Sarabande a l'Espagnol /
Gigue la badine / Rondeau champetre

組曲 ニ長調 ( I, II. III, 1686, 1701, 1711)
Suite en re majeur
Prelude / Fantasie / les Voix Humaines / Charivary

メリトン氏を偲んで ( I, 1686 [ bc 1689] )
Tombeau de Monsieur Meliton

 ~~~~~~
 
組曲 ニ短調 ( II, III, IV, 1701, 1711, 1717)
Suite en re mineur
Prelude en Harpegement / la Minaudiere / Cloches ou Carillon / la
Polonaise / Plainte

迷宮 ( IV, 1717 )
Le Labyrinte

響きが良くきれいなホールなので、ぜひ聴きにきてくださいませ。
まだ、お席すこしあります。
情報の詳細は、インフォーメーション爛をご覧下さい。
それでは・・・、ホールでお待ちしています!



第36回ウィークエンドコンサートin田園都市

今年2回目のウィークエンドコンサートin田園都市は、オーボエの三宮正満さんをお迎えして、前回と同じ横浜市歴史博物館で開催しました。ゲストにオーボエ奏者を迎えるのは久しぶりでしたが、オーボエ 「vs」 リコーダーというより、思いのほか相性の良さが出るコンサートとなりました。
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最初はリハーサルでオーボエの音量がとても大きくて、バランスが心配でしたが、楽器をいろいろ試しているうちに、本番ではあまり問題にならなかったようで助かりました。三宮さんとは、小さな室内楽でご一緒するのは初めてでしたので、とても楽しみにしていました。バロック・オーボエは難しい楽器という印象を一掃させる軽々とした吹きっぷりは、みごとでした。
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彼のソロ曲は、今回が初めてというクープランのコンセール7番でした。決してやさしい曲ではありませんが、柔らかい音色で、ヴァイオリンでやるのとはまたちがった甘美な魅力あふれる演奏でした。お弟子さんとの合作という楽器を使っての演奏、オーボエとアルトリコーダーのトリオソナタ(テレマン)での、主人山岡重治との自作楽器くらべも、それぞれの持ち味が出てとても面白かったです。
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プログラムの最後には、ピエール・ダニカン・フィリドールのトリオを、リコーダー2本(もう一人は本村睦幸さん)とオーボエとガンバとチェンバロ(下山真理子さん)で演奏しました。「2つの上声部」をリコーダー2本のユニゾンとオーボエ、リコーダー2本(それもアルト、ヴォイスフルート、ソプラノ2本ずつ)、ヴォイスフルートとガンバ、というふうに楽章によっていろんな編成で音色を変化させたので、なかなか色彩豊かなものに仕上がりました。善し悪しではなくオーボエ奏者はリード作りが「命」のようなところがありますが、三宮さんも確かにそうですが(失礼!)なにかからっと明るくて素敵だなと思いました。
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私は5月末から引いた風邪がなかなか治らず、咳がひどくて、リハーサル中ずっと具合が悪く、本番の日もしんどくて、「演奏家は体が資本」であることをあらためて痛感しました。咳はエネルギーを消耗するし、睡眠不足にもなります。みなさん、湿気の多い時節柄、くれぐれも呼吸器をお大切に!

ジュネーヴ エスペリオンXXI ~フランシスコ・ザビエル 東方への道~ 

スイスのジュネーヴ、Eglise Saint-Francois de Sale (聖フランソワ・ドゥ・サル教会)におけるおアガベ音楽フェスティヴァルで、ザビエルのコンサートが再演されることになり、3人の日本音楽演奏家(能管と篠笛の鯉沼廣行さん、琵琶の田中之雄さん、尺八の関一郎さん)と共に1日ジュネーヴ入りしました。この公演はバルセロナ、ナルボンヌに引き続き3度目になります。

久しぶりに行ったジュネーヴでしたが、大変いいお天気に恵まれ、美しいレマン湖が迎えてくれました。着いた翌日さっそく湖畔を散歩。レマン湖は三日月の形をした湖で、端にあるジュネーヴはちょうど琵琶湖の大津のような位置にあります。名物の大噴水の横に、大きなサッカーボールのバルーンが浮かんでいました。ヨーロッパ選手権が開催されるためだそうです。
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夕方からリハーサルがあり、町中の教会に向かいました。3回目とあって日本音楽の方々も様子がわかっていて、最初からうち解けた雰囲気の中再会を喜び、リハーサルが始まりました。プログラムは同じですが、そこは進化し続けるジョルディ、新しいアイデアがたくさん出て、細かい変更がたくさんあり、いつものことですが、本番までどうなるかわからないことが今回もいろいろありました。(バルセロナ、ナルボンヌについては前のブログを見て下さい。)でもさすが機転が利き手慣れた名手達、総勢26人でしたが、本番は流れよく進みました。

開演は午後9時で休憩なし、終演は11時半でした。長いコンサートだったにもかかわらず、満員のお客さんは、スタンディングオーベーションでいつまでたってもなかなか拍手が鳴りやみませんでした。以前の公演記録にも書きましたが、静かなエスペリオンの演奏のあと、教会の後ろ(入り口)から羽織袴の鯉沼さんの能管によるするどい響き、人々はエキゾティックな笛の音に度肝を抜かれ、一瞬のうちにその世界に引き込まれたようでした。

スペイン、インド、日本というまったく異なる様式の音楽を、
"O gloriosadomina"の旋律をメインテーマにまとめ上げたプログラム。このメロディーによるスペインのさまざまなディファレンシャス(変奏曲)、インドのサロッドとタブラ、日本の尺八、琵琶によるインプロヴィゼーションが何度も繰り返され、母国スペインの楽器とザビエルが耳にしたであろうインドや日本の異国の楽器による競演は、今日の私たちを、想像の世界で遠く460年を隔てた彼の旅に誘ってくれるようです。それは音楽学者J.カーマンによる「情報化された憶測」(古文書や文学書による体系的な研究を土台にした音楽家の芸術的直感)を見事に表したものと言えるでしょう。私の隣で演奏なさった田中さんの琵琶弾き語りによる「本能寺」、迫力のある熱演でした。

日本でも生で聴くことのめったにない琵琶、それを真横で聴かせてもらって幸せでした。ザビエルは当然日本で仏教の世界を垣間見たことでしょう。そこで聴いた尺八の音、ヨーロッパのリコーダーときっと比べ聴いたことでしょう。私はいつも思うのですが、日本の楽器を演奏できないことが残念です。このコンサートにしても、ガンビストは私を呼ばなくてもいくらでもいるわけで、エスペリオンといっしょにスペイン音楽を弾いている自分に不思議さを感じます。それはスペインの濃い血の音楽のせいかもしれません。
この企画を立てるに当たりジョルディの相談にのり、日本の演奏家を紹介したり通訳したりすることでお役に立つことはうれしいことですが、なんだか申し訳ない気もするし、ちょっと複雑な気分です。そこには一歩下がったところで傍観する私がいることも確かです。

リハーサル風景
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ジョルディと会うと30年昔の弟子状態になってしまう。
でも二人とも歳を取りました。笑
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新しくできたブック解説書付き二枚組CD「フランシスコ・ザビエル、東洋への道」(ALIA VOXAVSA98569 A+B)は、英語、ポルトガル語、イタリア語、日本語、中国語の5カ国語で書かれ、とてもりっぱな装丁になっています。表紙には、図らずも私の構成したCD「王のパヴァーヌ」(MEISTER MUSIC MH1170)と同じような狩野派の屏風絵が使われています。そこには宣教師とともに来日したたくさんの商人たち、そして動物や商品、贈答品の数々(なかには楽器も含まれていたでしょう)が描かれています。解説は当時の時代背景や人文主義について詳しく書かれていますが、一つ残念なことは、日本語訳の中に出てくる音楽用語が、ときどき今日日本で一般に使われない言葉に訳されてしまっていることです。他の言語がわかる方々には、是非照らし合わせて読んでいただきたいです。

コンサートの翌朝、日曜日のミサが同教会であり、カペラ・レアルとエスペリオンの管楽器群とジョルディによる演奏が挿入されました。モラレスのミサ曲の美しいハーモニーは見事でした。この教会の修道僧たちには、ヨーロッパ各地から集まっている若者も多く、ミサのあと、すその長い修道服を着たままはらっぱで子供達とサッカーを楽しんだり、突然愉快な合唱(といっても宗教曲ですが)を始めたり、我々に人なつっこく質問を浴びせかけたり、無邪気な一面を覗かせていました。

今回せっかくスイスに行ったので、コンサートの翌日から5人の友人のうちを尋ね歩きました。一人目は、ジュネーヴ近郊のヴェルネに住むテイラー行子さん。緑に囲まれた素敵なお家です。もともとはリコーダー奏者ですが、今ではチューバその他たくさんの管楽器、ギター、打楽器をこなし、歌も上手で、
若いスイス人シルヴァンくんと組んでユニークな音楽活動をしていらっしゃいます。彼らにかかるとスプーンだって棒だってりっぱな打楽器に変身します。

彼のスタジオで息のあったパフォーマンスを見せてもらいました。
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次にローザンヌをおとずれ、ガンバ奏者宍戸俊子さんのお宅におじゃましました。股関節の手術を数ヶ月前に受けて今はリハビリ中にもかかわらず、とても親切に迎えて下さいました。彼女は私より少しあとにガンバを勉強しにバーゼルに来られて、スイス人の法律家マティアスさん結婚し、今はレマン湖の近
くにお住まいです。お天気がとても良かったので、彼女と二人で湖畔をゆっくりと散歩しました。緑が映え湖の向こうにはエビアンの町や雪の残る山々も見えました。久しぶりに緑の中で思わず深呼吸。夕飯には一人息子のケンジくんも交えて、近況や積もる話を語り合いました。ケンジくんはフランス語、日本語、英語、ドイツ語が話せます。本当にうらやましい限りです。

ローザンヌレマン湖のほとり
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ローザンヌから電車で2時間、4年ぶりのバーゼル。ほとんど変わらぬたたずまいの町は、ふっと30年前の学生時代にタイムスリップする感覚に陥らせてくれます。なんというノスタルジア! 久しぶりのパオロ(パンドルフ ォ)、またコンラート(シュタインマン)、ゲルト(トゥルク)、ホピー(スミス)、ヴェルニク(ダニエルス)らにもばったりスコラ出会い、楽しい会話がはずみました。ちょうどリュートの校内演奏会があって、ホピーの奥さんで記譜法をならったカリン(パウルスマイヤー)にも出会って、昔にタイムスリップしどおしでした。

今も変わらぬスコラの壁の藤
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そのあと、パオロのお弟子さんで今年ブルージュのコンクールを受けるというフランス人のレッスンを聴きました。マレのラビランテ、C.P.E.バッハのニ長調のソナタ、フォルクレの5番という大変なプログラムを全部暗譜で軽々と弾いていたのには感心しました。スコラの教授陣は本当に多国籍で、理論の授
業こそドイツ語で行われますが、レッスンは先生により生徒によっていろんな言語でおこなわれます。いまやスイスのドイツ語圏の学校というイメージはなく、派閥に関係のない風通しの良い自由な校風、それが最近の人気の理由のようです。

バーゼルでは、主人重治の元弟子の矢板由希子さんのお宅に泊めていただきました。ご主人のバロックヴァイオリン奏者クリストフくんの作るレスティ(小さく切ったジャガイモをバターでつぶしながら焼いたスイス料理)に舌鼓を打ちました。ものすごくおいしかったのでレシピをしっかり習ってきました!

翌日午前中、バーゼルのKunstmuseumに行きましたが、大変見応えのあるものでした。随分前に訪れたことがありましたが、今回はゆっくり見ることができたので印象が強かったです。バーゼル出身のホルバインを始め、レンブラントや、マネ、モネ、モジリアニ、ピカソ、ゴーギャン、ゴッホ、ミロ等々すごい画家の作品が並び、小さな町の博物館にしては、すごいコレクションだと思いました。日本語の音声ガイドもあり、すいているし、お勧めです。

夕方からは、バーゼル近郊に住むリュートの今村(泰典)くんを尋ねました。今やヨーロッパでも巨匠といわれるリュート奏者です。ヨーロッパで音楽家としてやっていくためには数カ国語をしゃべることが必須といえますが、彼はドイツ語、英語、フランス語、イタリア語を話します。彼の粘り強い努力には本当に頭が下がります。子供達も大きくなって、奥様の葉子さんもすっかり落ち着いた様子、家族ぐるみでしっかりヨーロッパに根を張り地盤を築いた感がありました。

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バーゼルには食いしん坊の私にとって懐かしい食べ物がいろいろあります。さきほどのレスティやケーゼキュヘリという小さくて甘くないチーズタルト、それにチョコレート! スイスのチョコレートは絶品です。アイスクリームにどろっとしたホットチョコレートをかけて食べるクペ・デーネマルクは最高です。パンもおいしいです。いろんな穀物の入ったドイツ風パンあり、Zopfという三つ編み状になった白いパンもブォーノです。帰りのスーツケースの中は、Zopf用の小麦粉やクペ・デーネマルク用のチョコ、パンにつけて食べるアーモンドペーストや栗ペースト等々でパンパンにふくらんでしまいました。やはり22歳から5年間過ごしたあの時代の生活は忘れられませんね。

今回は行きがロンドン経由、帰りがミラノ経由だったので、最後の日はリコーダーの太田光子さんのご主人のチェンバロ奏者ミケーレ君のご両親のお宅に泊めていただきました。前もってミケーレにレオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐を予約してもらい、33年ぶりに見てきました。修復前とくらべて格段によくなっていました。それも変に鮮やかなのではなく、品のある美しさでした。一度に20人程度15分間という警戒態勢の中での拝観でした! ミラネーゼには悪いのですが、私はミラノは空気汚染がひどいという印象があって、あまり好きな町ではなかったのですが、今回しばらくぶりに行って、以前よりかなりきれいになっているのに驚きました。

ドゥオーモも昔は大理石が薄黒くて汚かったのに、随分掃除されて白くなっていました。ブレラ美術館ではティッツィアーノやティントレット、ピエトロ・デッラ・フランチェスカ、ラファエロ、カラヴァッジョなどなど、イタリア絵画を満喫することができました。

最後の晩餐のあるサンタ・マリア・デッラ・グラツィア教会
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ルネサンスやバロックの音楽にたずさわる者として、同時代の美術を見ることは目に見えない「肥やし」になると思います。音楽とは直接関係のないことであっても、ヨーロッパの歴史ある都市をぶらぶらすると、文化や空気、言語から来るニュアンス、なんとなくただよう雰囲気というものを感じることができ、日本にいると足りないものを何か補ってくれる気がします。しばらく忘れそうになっていたものをよみがえらせてくれるのです。

街で見かけた本製作業者、背表紙に金箔で文字を押しています。
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ミラノ名物、かかとを当ててぐるっと一回りすると幸運がやってくるといわれる地面のモザイク
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ドゥオーモ
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成田への飛行機に乗る前、少し時間があったので、ガンバ製作者のピエール・ボール氏を訪ねました。ルネサンスガンバのために、モロッコのガット弦作りの人と組んで、野生のヤギの腸で弦を作っていて、試供品をもらってきました。6弦までぜんぶ裸ガットです。本当にプリミティヴな製法で作っているそうで、どんな音がするのか楽しみです。ちなみに、このモロッコ人、弦以外にはソーセージ用の腸をドイツなどに出荷しているそうです。そういわれると、ちょっとこの弦、生臭いような・・・。

帰国する飛行機の中で 5/10

桜の京都

待ち遠しかった桜の時期も過ぎ、柔らかい赤ちゃんのうぶ毛のような新緑が萌える季節となってきました。みなさまお変わりありませんか?

4月初め、ちょうど桜の満開のころ、私は母といっしょに2年前に亡くなった父の分骨を納めに京都へ行ってきました。私は生まれてから小学校6年生まで京都の東山五条に住んでいました。幼い頃過ごしたところへ久しぶりに行くと、なんでも思っていたより小さく見えると言いますが、東山五条の西大谷の階段や石橋やお庭は、私のかつての縄張り、毎日遊んでいたところでした。階段はこんなに低かったの?、あの橋はこんなにかわいかったの?見るものがぜんぶ小さく見えます。40年以上前のこのあたりの景色や家族のことが昨日のことのように思い出されて、その上桜もとてもきれいで、思わずしばしたたずんでしまいました。

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五条坂(東山五条)には、昔よく出前をたのんでいたおうどん屋さんがありました。代替わりはしましたが、今もちゃんとのれんがかかり、とても繁盛しているようです。私は京都へ行くといつもここへ行きたいと思いつつ、なかなかチャンスがないのですが、今回はすぐそばまで来るのだから、ぜったいに行こうと心に決めていました。うどん屋さんですが、どんぶりものもとてもおいしいのです。私のお気に入りは、衣笠丼。親子丼の鶏肉のかわりにおあげが入っているのです。ちなみにおあげや鶏肉でなく、かまぼこだと木の葉丼といいます。どれもその卵のとじ加減が絶妙で、本当にとろっと美味なのです。私はよくばって衣笠丼うどんセット、味は昔のままでした。満足~。母もものすごく久しぶりだったので、なんとなく見覚えのある一番年取ったお店の方ににあいさつしたら、なんと、「ああ~、平尾さんですね!」とむこうも覚えていて下さり、二人で感激してしまいました。名前は、「喜楽」。あちらの方に行かれることがあったら、皆さんも是非お試しを!! 西大谷に向かって左(北側)、東山通りに面しています。清水寺からも近いです。

ウルビーノのビーナス展フォーラム、ミニ・コンサート

話は変わりますが、5月18日まで上野の国立西洋美術館で開かれている「ウルビーノのビーナス展」のフォーラム(読売新聞社主催)が、4月12日、早稲田大学の大隈講堂でありました。美術史の高階先生の講演のあとのミニ・コンサートを依頼され、ティツィアーノが「ウルビーノのビーナス」を描いた1538年ごろの音楽を演奏することになりました。歌はソプラノの鈴木美登里さんにリュートは永田平八さんにお願いしました。

演奏の合間に解説もすることになったので、いろいろ調べていると、フロットラの作曲家、トロンボンチーノがマントヴァの宮廷でイザベラ・デステに、フェッラーラの宮廷ではルクレツィア・ボルジアに仕えていたことや、マドリガーレの作曲家、ヴェルドゥロがフィレンツェでマキアヴェッリと密接な関係にあり、たくさん彼の詩に曲を書いていること、同じくマドリガーレの作曲家、アルカデルトもフィレンツェでメディチ家の人々やミケランジェロと交流があり、やはり彼らの詩に曲を付けていること、またウルビーノのビーナスが描かれる3年前に、同じティツィアーノが有名なマドリガーレ「Anchor che col partire」(チプリアーノ・デ・ローレ作曲)の作詞家アルフォンソ・ダヴァロスの肖像画をかいていること、そしてこのダヴァロスが作曲家ジェスアルドの最初の妻の祖父であることなどなど、西洋政治史、美術史との横のつながりが見えてきて、とても面白かったです。イタリアルネサンスの美術はとても知られていますが、同じ時代の音楽は、残念ながらまだそこまで世の中で知られているとはいえませんね。
「ウルビーノのビーナス展」、内覧会に行きましたが、とても見る価値のある展覧会だと思いました。

発表会

3月に入って、2つの発表会がありました。ひとつは8日に行われた富山の古楽協会の発表会で、リコーダー、トラヴェルソ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、ヴァイオリン、室内楽のクラスの合同発表会です。富山でのレッスンもはや10年たち、生徒さん達は随分と上達なさいました。ガンバクラスもサント・コロンブ、キューネル、テレマン、コレットのフェニックス、マレなど、皆さん熱演でした。マレはメヌエットでダンスを付けたらと、レッスンでちらっと話したところ、たちまちみんなその気になって、ヴァイオリンクラスのお二人がなんと衣装を借り靴やカツラを買って、猛練習し踊って下さいました。(私が昨年2日間ダンスの講習会をしたときの優等生のお二人です。)なかなかのできばえで嬉しく思いました。

富山の発表会では、ガンバの人は通奏低音でもひっぱりだこ、とてもいそがしいです。でも、通奏低音を弾く機会がたくさんあることはソロの音楽作りにとても勉強になるので、積極的にどしどし引き受けて欲しいと思います。ただ、あまり多すぎるとオーバーワークになるので、そのあたりわきまえたうえで手分けしてやって欲しいとは思っています。ガンバ以外にリコーダーやチェンバロ通奏低音で出演する生徒さん達もいらして、どこからこんなエネルギーが出るのだろうと感心してしまいます。今回他の楽器の演奏もほぼ全曲聴きましたが、レベルの高さはさておき、ちゃんと自分の音楽をしている方と残念ながらただ音を出しているだけの生徒さんの差がはっきり出ていました。

富山は一ヶ月に一度のレッスンですが、ほぼ皆さん皆勤です。私は、土曜日午後から日曜日午前にかけてレッスンし、宿泊は温泉付きホテル。なかなか快適です。以前は日帰りでしたが、次の日とても疲れて仕事にならないので、一晩 泊まりにしました。その方がずっと次の日も体が楽だし、生徒さん達との交流も深まります。4月からは16人の生徒さん、ぎりぎりいっぱいです。ちゃんと準備している生徒さんにはこちらのやる気もぐんと高まります。そうでないと時計が気になり始めます・・・。(笑)
発表会は大変ですが、モチベーションという意味では最高だし、皆さん確実に上手になられます。

もうひとつの発表会は、23日私の門下生発表会。今年はオリゴの古楽研究会スペース1Fをお借りして行いました。天井が高く響きの良いスペースで、とても良い環境でした。ただ、有り難いことにお客様がたくさんいらしたので、ちょっと窮屈になってしまいましたが・・・。今年はなぜかマレを弾く生徒さんが多かったです。他にクープラン、シェンク、シンプソン、オルティス、そしてアンサンブルではテレマンのトリオとカルテット、それぞれ大変個性ある演奏を聴かせてくれました。平均年齢が高いのはなんともいいがたいですが・・・。

曲数がいつもより少なかったため、一組の時間を10~20分と贅沢に取ることができ、かなりの大曲が多かったこともあって、なかなか聴き応えのあるコンサートでした。私としては、まだまだはがゆいところがいっぱいあるのは事実ですけれど、本当に頭が下がるほどよく練習し考えて弾く生徒さんに、今回は特に感銘を受けました。そして、共演者のみなさんの気持ちよいご協力にも、心から感謝です。私はアマチュアであっても、音の羅列だけして、あとは先生の助言におまかせ、というのはあってはならないと思っています。いつもそれは口を酸っぱくして言っています。いくら指がまわっても、大きな音が出せても、感じるものが出せなければ、人に聴かせてはならないと思います。そのためには、それができるくらいの技量にあった曲選びも大切なことです。各人のもつ音楽性を大事にしたいし、バロック音楽に大切な装飾もできるだけ口出しせずに本人にゆだね、私は修正するだけにとどめるよう心がけています。先生のコピーしかできない生徒を育てるほどむなしいことはありませんから。

富山でも東京でもパワフルな生徒さんに恵まれて本当に元気をもらっています。あとは、次世代を担うような若いお弟子さんウェルカムです!

リサイタルのチラシデザイン作り

今年7月8日(火)にハクジュホールで、リサイタルを行うことになりました。レコードアカデミー賞受賞記念ということで、今までのCD「マラン・マレの横顔」I~IVと、7月7日発売予定の V の中から選んだ曲をプログラムにしようと思います。出演はおなじみのリュートの金子浩さん、チェンバロの芝崎久美子さん、そしてガンバの頼田麗さんです。頼田さんは、私のところでガンバを始めて、その後バーゼルのスコラ・カントールムに留学、P.パンドルフォ氏のもとで学び、昨年卒業して帰国なさった、意欲満々、期待の若手です。今回はハクジュホールということで、マネージメントのアレグロ・ミュージックがご協力下さいます。

実は只今、チラシデザインの大詰めです。今度のチラシは、雰囲気のある写真が定評の「二月空」で撮っていただいたモノクロ写真を使うことにしました。最初はこれらの写真が今回のプログラムにぴったりと思い、イメージも湧き、すぐにデザインできそうな気がしていましたが、モノクロ写真というのは、チラシのデザインに使うのは意外と難しいものでした。「これならデザイナーに頼まなくても」、と思ったのが苦労の始まり。とんでもなくたくさんの極彩色で派手なチラシの中で、人の目に止まるものを作るためには、最初の構想ではとても地味すぎで実際には通用しないらしいことがわかりました。まるでコンピューター音痴の私に代わって、主人と主人のお弟子さんの石館さんがやってくれていますが、最終段階で色や字の大きさなどを決めるのに、毎晩主人と半分けんかしながらの作業です。さて、人目に止まるチラシができますかどうか。3月に入りチラシができたら、HPにもアップしますので、見て下さいませ!

ハウスゾンネンシャイン

はやいもので、2008年に入ってはや2ヶ月が過ぎようとしています。1、2月はいつもならコンサートがとても少ない時期で、少し落ち着いて翻訳作業などに時間が取れるのですが、めずらしく今年は異なるプロがすでに6回、めまぐるしく過ぎてしまいました。オルティスの翻訳も最終段階に入ったとはいえ、まだまだやることがたくさんあり、お待たせしている方々には本当に申し訳ない気持ちです。でも必ずやり遂げますので・・・。

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2月16日に、富士のハウスゾンネンシャインで、主人の山岡とデュオのコンサートをさせていただきました。とても日本とは思えない、小さなチャペルのようなとても響きの良い空間です。私は以前にも弾かせていただいたことがありますが、リコーダーとは始めて。音色の美しさに驚きました。良い建材を使うと日本でもこんなに素敵な響きの部屋を作ることができる。あらためて楽器にとっての響かせる空間の大切さを感じました。本当に古楽器にぴったりです。主催者の北川雅子さんに、建築のとき大工さんにわかってもらうのが大変だったけど、妥協せずにお願いしてやってもらったこと、客席のためにヨーロッパで木製のベンチを買って送ったこと等々、ご苦労話をいろいろとお聞きしました。貸してもいらっしゃるようなので、もっと古楽器の鳴る機会がどんどん増えるといいなと思いました。

レコードアカデミー賞授賞式

1月21日音楽の友ホールで2007年レコードアカデミー賞授賞式が行われました。私にとっては初めての経験でしたので、最初のうちはとても緊張していました。というのもレコード会社への賞状授与のあと、ご挨拶をするとになっていたのです。はたして私がこのような場にいてよかったのかしら、というような気分がしていました。

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声楽部門、アカデミー大賞銀賞のBCJの鈴木雅明さんが、手慣れた口調でロ短調ミサの録音の経緯を楽しくお話しになったあと、器楽部門、ピアノの仲道郁代さんもとてもおちついてベートーベン録音についてのお話をされました。いよいよ私の番になって、考えていた話の内容はまとまらないままどこへやら・・・、う~ん、そうだ、昨日のホットな感動をご挨拶代わりにお話ししよう、と思いつき、壇上へ登りました。

というのは、授賞式の前日に友人(実はこのHPでお世話になっている宮崎政男さん)のお宅で、京懐石をごちそうになり、私たちのやっている音楽活動と共通点がいくつもあることに驚いたのです。(彼は日本料理の学校で勉強し、板前を志したこともあるそうなんです。)彼いわく、「京懐石というものは、大勢の方にお出しできるものではありません。少人数のかたに心を込めて細かいところまで行き届いたおもてなしをするのです・・・。」私たちの音楽も、単位は違っても、大ホールの舞台で大勢の聴衆を前に演奏するよりも、当時の本来の姿に近い、小さな空間で、息づかいまで伝わるほどの距離で演奏するときに、いちばん良さがわかってもらえる、そういう種類の音楽です。

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また、彼いわく、「京懐石は、調味料はできる限り使わず、吟味された材料の素材のうまみを100%引き出すことをいちばんに考えています・・・。」おだしを取るにしても、選ばれた昆布や鰹節を使い、順番、タイミングすべてがうまくいったときにだけ、おいしいものができる。経験がものを言い、五感をすべて使って料理する。なるほどと思いました。我々の音楽もまた、楽器を選び、育て、楽譜を吟味し、ルネサンスやバロックの演奏様式を学び、テクニックを磨き、そして右脳を最大に働かして音楽をします。彼は、料理は物理だとおっしゃっていましたが、それは、料理は感性だけはできない、物理と鋭い感覚の両方が不可欠であることをおっしゃりたかったのだと思います。というか、「裏付けあっての感性」と言うことなんだと思います。古楽器演奏も同じです。(「料理は物理」、そういえば、似たようなフレーズを聞いたことがあるなぁ、そうそう、私の7弦ガンバの製作者鈴木さんが以前、「楽器作りは物理だよ」、っておっしゃっていました!)

さらに、彼いわく、「京懐石は、万人のための食べ物ではないんです・・・。」これは、一見お高くとまっているような発言と思われるかもしれませんが、そうではなく、誰にでも好まれるポピュラーなものではない、という意味で、事実そうだと思います。濃い味やはっきりした味を好む人には、京懐石は物足りない、あじけのないものと思われるでしょう。材料から出たうまみを味わう鋭い感覚がないと、いえ、そういうものを味わう習慣がないと、わかりにくいものだと思います。私たちのやっている音楽も、音量の大きい派手でスピードのある音楽を聴き慣れている人にとっては、きっと物足りない、もどかしいものではないかと思います。しかし、時間がかかるかわりに、自動車では気が付かなかった、道ばたの名もない美しい花をゆっくり愛でるように、美しさを逃さず享受するには、”ていねいさ”と敏感な感受性が必要です。たくさんの聴衆に楽しんでもらえることは、もちろんうれしいことですが、妥協を許さないこだわりは、つねに持ち続けていたいと思います。懐石料理との共通点を挙げながら、私がこうありたいと思う古楽器演奏について、このようなお話ししました。

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あとは、私のマレを録音したいと思う願望を実現させて下さり、しつこい編集を忍耐強くこなして下さるコジマ録音への感謝の気持ち、そして、なんといっても、このCDのもう一人の主役であるリュートの金子浩さんの素晴らしさをご紹介しました。事実、リュートでこれだけの通奏低音を弾くことは大変なことだと思います。通奏低音というより、ほとんどデュオのCDなのです。彼のこの仕事への評価がもっとあるべきではないかと思っています。

ともあれ、レコードアカデミー賞受賞は、大きな励みになりました。まだまだ理想にはほど遠い演奏しかできませんが。音楽は生涯学習ですから・・・。

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します!

お正月はみなさまいかがお過ごしでしたでしょうか?
我が家は新年会が続き、忙しいお正月でした。おせちあり、ラーメンあり、たこ焼きあり・・・もちろん全部自家製です!

さて、1月14日、我が家の近くの横浜市立歴史博物館で、”第35回ウィークエンド・コンサートin田園都市”新春コンサートを行いました。今回は、レギュラーの主人山岡重治、本村睦幸、下山真理子そして私に、息子の清治を加え、3本のリコーダーとヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロで演奏しました。

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一年半、会場探しでブランクがあったこと、そして新人の出場、下山さんの復帰といったことが重なったせいか、会場は殆ど満席になり、華やかな雰囲気になりました。初めての会場となった歴史博物館の講堂は、レクチャーに使われることがほとんどで、コンサートはあまりないようでしたが、残響はあまりないものの、クリアーなよい音で伝わるようなので、今後もしばらくはここでシリーズを続けることができそうです。

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田園バロックシリーズは、清治が幼稚園のときに第一回を開催しました。そのころからずっと手伝って下さるスタッフの牧野博文さんやご来場下さっている常連のお客様から、今回清治が共演して、「歴史を感じます。」と言われ、確かによく続けてきたなぁと思いました。親としては、メンバーの足を引っ張ら
ないか心配することもありましたが、本番ではいいアンサンブルができて内心ほっとしました。下山さんはずっと腱鞘炎で手を痛めてお休みしていらっしゃいましたが、めでたく復帰。これから徐々に演奏の機会を増やしていって欲しいです。

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今回は本村さんと私が無伴奏でプレシャーのかかる曲を演奏しました。アンサンブル曲の間で無伴奏を弾くのは、気持ちの切り替えが難しいもので、精神的にとても緊張します。お客さんにもそれは伝わるようで、数人の方から、通奏低音付きのほうが楽に聴けると言われました。私個人的には反省点はあるけれど、久しぶりにテレマンの無伴奏ソナタを練習して、この曲が以前より好きになりました。でも、弾く場所、場面を考慮することも必要だなと思いました。

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主人の山岡が、一人増えた田園バロックの座長としてきちんと締めてくれたのは、なにか年輪を感じさせるものがありました。ともあれ、何回も危機にみまわれたこのシリーズが、これでまたしばらく続けられそうなのはうれしいことです。手作りコンサートは、主催者から依頼されて演奏するコンサートとは違って、会場決めからチケット、チラシ作り、宣伝広告まで、自分たちでやらなければならないことが大変多く、続けるのは決してたやすいものではありませんが、「ヨーロッパの都市のように、その地域のお客さんに近くで気軽にちゃんとしたコンサートを」、というコンセプトで始めたこのシリーズ。もちろんお近くの方々ばかりでなく、ひとつのカラーができあがったこのシリーズを楽しみにしていて下さる方々がいらっしゃるかぎり、モチベーションは保てそうです。

2007年最後のコンサート

今年最後のコンサートは22日、久しぶりの岡山でした。バロックダンスの湯浅宣子さん主催で、岡山県立美術館ホールでありました。湯浅さんとごいっしょするのは初めてでした。彼女のバロックダンスへの熱意は並大抵のものではなく、本当によく勉強なさっていて、企画すべてを取り仕切り、衣装もご自分で作られ、綿密に計画された催しでした。
家事もきちんとこなし、3人のお子さんの母、そのフットワークの軽さには脱帽でした。まるで彼女の一日は30時間以上あるようです。共演は、リコーダーの奥田直美さんとリュートの佐野健二さん。オトテール、フィリドール、マレ他、フランスバロックの有名どころが並んだプログラムでした。
しかしほとんどの岡山のお客さんには珍しい音楽だったことでしょう。全体として反応がおとなしい印象でした。でも今後もっとこのようなコンサートが開かれれば、きっと興味を持って下さる方も増え、広がっていくでしょうし、その意味でも地元の湯浅さんを応援したいと思いました。

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今年も、いろんなところを訪れ、たくさんの人とお会いしました。来年はどんな出会いがあるでしょうか。楽しみです。HPを始めてほぼ半年、やっと少し慣れてきましたが、日々の仕事に追われて、書こうと思っていても日がどんどん過ぎてしまって、なかなか全部は書くことができません。
相変わらず腰や膝が痛いし、若いときのようには体が動きません。でも音楽をしているときの喜びは衰えるどころかどんどん増しているようです。年末に転がり込んだレコードアカデミー賞受賞のニュースは、とても励みになります。これからもこのHPで、私の音楽生活の裏話や秘話などお伝えしていきたいと思います。
どうぞみなさま良いお年をお迎え下さい。
また来年!    12月28日

スタジオ・エルミタージュ・クリスマス・コンサート

毎年12月のスタジオ・エルミタージュ・クリスマス・コンサートが9日に行われ、今年もたくさんのお客様に来て下さいました。昨年はチェンバロの平井美帆さんが共演して下さいましたが、今年は上尾直毅さんが参加して下さり、自慢のミュゼットでも大活躍、変化に富んだ楽しいプログラムになりました。

息子清治が今年も出演し、ファミリーそろってのコンサートがだいぶできるようになりました。彼は、今平尾リコーダー製作のジュニアとして修行中です。ルネサンスリコーダーはすでに数本作りましたが、バロックリコーダーはただ今一本目を製作中。どんな音が出るか、楽しみです。我々のころとちがい、環境が良すぎて、ハングリーではないところが心配でしたが、最近演奏のほうも本気になりつつあるようです。良い楽器を作るためにも音楽性を磨いて欲しいと思っています。

今回最後に演奏したマレのトリオは、Plainteという音楽的にとても難しい終楽章でしたが、4人の奏者がひとつになれて、いい感じの仕上がりになりました。

スタジオ・エルミタージュの主催者であるオーナー辰野洋介さんは、主人の中学の同級生、悪友で、打ち上げでは、昔の悪行の数々がたくさん暴露され、若い者達を唖然とさせていました。

スタジオ・エルミタージュは、いつもはアンティークショップで、素敵な食器、家具調度品が並んでいます。シャンデリアも美しく、サロン・コンサートにぴったりということで、最近は、たくさんの演奏家がコンサートを開いていらっしゃいます。
http://www.st-hermitage.com/salon.html

このコンサート、毎年恒例になるようですので、皆様、是非来年、”師走のひと休み”におでかけ下さいませ。写真はリハーサル風景。
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2007年レコードアカデミー賞受賞 マレ4集 「万華鏡」

今年1月発売になったマレの第4集「万華鏡」が、2007年レコード芸術音楽史部門、レコード・アカデミー賞に選ばれました。このCDは私のいままでのCDの中でもっとも地味なCDですが、思い入れのある1枚なので、それを認めていただいたことで、次へのモチベーションにもなりそうです。

********受賞者の声(レコード芸術より)********
2007年度レコード・アカデミー賞受賞というお知らせをいただき、大変光栄に思うと同時にとても驚きました。このCDは、バロック音楽の中でも、派手とは言えないフランス音楽の、しかもヴィオラ・ダ・ガンバ・ソロ、通奏低音はリュート 一本。昨今人気のスピード感溢れる演奏とはむしろ逆行した、かなり特殊なCDと言えます。

しかし、リュートと二人という最小単位でどこまで表現できるか、ということを私なりに考え、それに相応しい曲を選んだということで、今までのマラン・マレの演奏とは違った、ある意味で突き詰めたCDでもありました。それだけに、今回の受賞には感無量の思いがしています。世の中では、このような音楽を癒し系と呼ぶのかもしれませんが、私は決してそのようなつもりで演奏しているわけではありません。ただリュートとのコンビならではの音楽を追究した結果なのです。

とは言っても、たまにはこういうマレも、心が安まると思っていただければ、それはやはりとても嬉しいことです。私の意図に共感し根気強く通奏低音を弾いて下さった金子さん、マレのシリーズを続けて下さるコジマ録音、ご協力いただいた方々に心から感謝しています。

アンリュウリコーダーフェスティヴァル

さる11月21日と23日、大阪の竹山木管楽器製作所のアンリュウリコーダーフェスティヴァルでのコンサートに出演しました。

21日は主人の山岡重治、23日は大阪のリコーダー奏者秋山滋さんのリサイタルでした。チェンバロは両日とも秋山夫人の麻子さん。コンサート続きで疲れ気味で大阪入りした私でしたが、ホテルでちょっとゆっくりでき、以前から行きたかった海遊館へも行くことができたので、元気になりました。海遊館では、ジンベイザメとコバンザメも面白かったけれど、なんともまか不思議できれいなクラゲたちが気に入りました。
 
どちらのコンサートもたくさんのお客さんが来て下さり、新しい木造のこじんまりしたホールは、とてもいい感じの雰囲気に満たされていました。私は、このくらいの小さな同じ空間を共有できる会場でのコンサートが好きです。本来のバロック音楽を聴く姿がここにはありました。

それぞれ個性的なコンサートで、久しぶりに通奏低音を弾かせてもらった秋山さん、フランスものが好きでたまらない気持ちが良く伝わってくる演奏でした。麻子さんとのコンビも素晴らしいと思いました。

竹山さんと竹山夫人は、本当に暖かい心の持ち主で、お弟子さん、スタッフの方々との連係プレイもよく、打ち上げの日は、おいしい家庭料理と楽しい会話でとても盛り上がりました。竹山さんの天然ボケは山岡のそれにとてもよく似ていて、大笑いでしたが、いい笛作りの条件!?、ということで、落ち着きました。(笑) でも竹山家とうちのちがうところは、奥さんがきりもりしているかしていないかで、もちろん、うちがしていないほうです!

それにしても、アンリュウ(安立)という大阪住之江の商店街には、昔ながらのとんかつ屋さん、小料理屋さん、うどん屋さん、お豆腐屋さん、銭湯など、子供の頃を思い出させるものがたくさんありました。港北ニュータウンに住む私にとっては郷愁にかられる思いがしました。また行きたいな。

駿府のまち音楽祭

今日は、静岡で11月18日に行われた駿府のまち音楽祭で、演奏したときのお話です。家康は南蛮音楽を聴いたでしょうか? という問いかけで、ルネサンス音楽の演奏と踊りを披露して欲しいという依頼を受けての企画でした。

私たちは、ここ数年来「空想、安土城御前演奏会 ~信長公ご所望の南蛮音楽と踊り~」と題する公演をあちこちでやっています。来年5月にもまた神戸ですることになっています。(詳しくはインフォーメーションをご覧下さい。)この東京公演を見に来て下さった絵本作家の吉田稔美さんのご提案で、静岡での大御所400年祭の中の駿府のまち音楽祭に参加させていただくことになりました。

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ここで、「空想、安土城御前演奏会」について、簡単にご紹介したいと思います。信長が南蛮文化好きで、音楽も所望したことは事実として知られています。安土城には多くの南蛮人が出入りしていましたが、特に実力者イタリア人ヴァリニャーノ神父との厚い親交を考えると、このお城の中で南蛮音楽の御前演奏が行われたことは、かなりの確率であり得たことだと思われます。

ただ、どのような曲を誰が演奏したかなど、詳しいことは一切わかっていません。そこで、もし、この場に信長公がいらしたら喜んで下さったに違いない演奏と踊り、という想定で、この公演を企画したのです。今までルネサンス音楽に特に関心がなかったかたにも、信長の時代、布教や貿易で日本と西洋との交流が盛んだったことを考えると、それらを私たちの祖先が耳にし目にした可能性があるということで、このような音楽を体験し、そしてより身近に感じていただけたら・・・、と思っています。

当時は、女性が入国することはありませんでしたから、当時の日本人が西洋の女性の踊りを見ることなどはなかったわけですが、その辺はあくまで空想ということで、面白さ、楽しさを優先しました。ここで登場した音楽は、CD「王のパヴァーヌ」(マイスターミュージック)に収録されています。たくさんの種類のルネサンス楽器の音色が面白いCDです。先日の静岡での公演では、信長ではなく大御所家康が主役ということでしたので、家康にとって西洋の文化や音楽がどういう存在であったのか、というところで実は少々とまどうものがありました。しかし、少なくとも若き日の家康なら、安土城に登城の際、頻繁に出入りしていた南蛮人、南蛮ものに触れる機会はあっただろうと言うことで、このプロジェクトが実現したというわけです。ともあれ、400年以上前の、しかも私たちの祖先のだれかが関わった西洋音楽と踊りを、今の静岡の聴衆の方々に鑑賞していただけたことは、大きな喜びでした。

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いつも歌ってくれる上杉清仁さんが渡欧中で、今回はソプラノの鈴木美登里さんが入って下さいました。さすがに慣れていらっしゃるし、私たちのアンサンブルにもすぐにうち解けて下さいました。いつか彼女の声楽アンサンブルともいっしょにやりたいと思います。

姫路での演奏会

10月27日に姫路のパルナソスホールで演奏しました。リュートの金子浩さんとのコンビで、今年は3回目。とても残響が長く、素敵なホールで、スタッフの皆さんもとても感じがよく、親切だし大好きなホールです。ただ私たちのようなアンサンブルには、少し会場が大きすぎるのだけが残念、といったところです。舞台もとても広いので、今回は100人ほどのお客さんに、舞台の上に椅子をおいて、同じ空間で聴いてもうらうようにしました。音的にはやっぱり客席で聴いた方が響きが豊かで良かったというかたと、近くで臨場感があって良かったというかたと、意見は2つにわかれましたが、少人数でも熱心なお客さんに囲まれて、嬉しかったです。

今回の出し物は、「流れる弓、踊る指先~響き合う弦の森~」と題し、リュートの金子さんに、ヴィオローネの西澤誠治さん、ヴァイオリンの荒木優子、小林瑞葉さんが加わり、ちょっと変わった編成のコンサートになりました。いつもは私が一番低弦ですが、今回はヴィオローネが入り、ガンバソロの通奏低音をヴィオローネで弾いてもらうのはとても気持ちの良いものでした。シェンクのソナタでは、通奏低音パートのソロもあり、難曲を西澤さんが頑張って弾いて下さいました。ホールの名前にちなんで、クープランの「パルナソスの和解」の最後のソナーデもプログラムに入れました。

コンサートの前日、私はひとり早々と姫路入りし、姫路城を見学しました。
姫路城その1

世界遺産とあって、平日の雨の日にもかかわらず、結構たくさんの人、外国からの見学者もたくさんいて驚きました。さすがに美しいお城で、24メートル以上もある天守閣の2本の大柱には感動しました。昔のままに残された古城は思ったよりずっと大きく、時間をオーバーして、大急ぎで天守閣から降りるはめになりました。
姫路城その2

ここ1年の間に、世界遺産に指定されたスペインのトレド、フランスのカルカソンヌのお城を見ましたが、日本の姫路城もぜんぜんひけを取らない、日本の誇りだと思いました。リハーサルのあと、名物の穴子寿司や蟹に舌鼓をうち、2軒目に入った居酒屋さんの粕汁、野菜の煮物、筋煮込みに大満足。今度はいつ来れるかな~。姫路はなにか、ヨーロッパの地方都市に共通するこだわりの伝統や地元文化を感じさせてくれる街でした。


ところで最近、この歳になって歯の矯正を始めました。将来(老後!)のことを考え、セカンドオピニオンもいろいろ参考にして、悩み抜いて納得して決断したことですが、今はまだ、ぜんぜん慣れなくて、食べにくいし、口の中をよく噛んでしまうし、とてもストレスがたまります。1年以上この状態が続くかと思うと、本当にうんざりですが、やった人に聞くと、慣れるから大丈夫とも言われるので、それを信じてせっせと歯磨きをしています!
 
何かいいお話があったら、教えて下さいね。

結婚30周年、シチリア島10日間一周の旅

ナルボンヌでの仕事を終えたあと、7月5日ミラノで主人山岡重治と待ち合わせ、念願のシチリア旅行の前夜祭、友人のミケーレ・ベヌッツィ、太田光子夫妻も空港まで迎えに来てくれて、ミケーレのご両親宅でバーベキューパーティーをして下さいました。ついにヴァカンスに突入です。


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シチリアに飛ぶ日の午前中、ミラノのガンバ製作者のPierre Bohrさんを尋ねました。広々としたアトリエに沢山の作りかけのガンバが吊ってありました。中にはバスタルダも。

私は昔からイタリアが大好きで、スイスに留学中も休暇になると必ずと言っていいほどイタリアに行っていました。どこが好きかって、太陽、文化遺産、アート、海、田舎そしてもちろん料理も! でもなぜかイタリア語を本格的に習うことはありませんでした。ところが、4年前、一念発起してNOVAのお茶の間留学を始めました。いつでも受けたいときにレッスンを家で受けられるので、私のようなものにはぴったりです。この歳になって始めた外国語ですから、なかなか覚えるのは大変ですが、とても楽しいし何より気分転換になります。去年1年間はイタリア語で毎日日記も書きました。最近はサボっていますが・・・。イタリアは随分まわりましたが、まだ行っていなかったのが、シチリア島です。いつかは行ってみたいと夢に見ていたシチリアでした。

主人は若い頃から車の運転が大好きで、方向感覚が動物的にいいんです。一度訪れたところは必ず行けるし、街も一日歩けば地図いらずです。私とは正反対。主人もシチリアには行ってみたいと言っていたし、レンタカーでまわるなら大賛成、ということで、首都パレルモの空港で即レンタカーを借りました。愛車はフィアットのプント。小さくて小回りのきく、彼に言わせると、ディーゼルなのに馬力があり、抜群の走行安定性とか。

500枚近く撮った写真の中からピックアップした写真をご紹介しましょう。

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パレルモ地元のレストランで。アンティパストの盛り合わせ カポナータ・シチリアーナ、ひよこ豆の粉を練って揚げたもの、ブルスケッタ


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断面がS字型のパスタ。


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パレルモ出身の彫刻家セルポッタによる漆喰の大変珍しいサンタ・チータ祈祷堂。


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パレルモ近郊、丘の上のモンレアーレにあるドゥオーモの内部、美しいモザイク。聖書の物語が描かれている。1174年作とか。


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その天井。


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ちょうど結婚式があり、可愛いバンビーナを発見。


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あんまり暑いので、いちごのグラニータ(ソルベ)を頼んだら、あんまり多くて全部は食べ切れませんでした。


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ドゥオーモに併設された回廊付きキオストロ(中庭)。モザイクの柱がとってもきれいでした。


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パレルモ名物、アランチーナ(中にラグーなどが入ったライスコロッケ)。一個でおなかいっぱい。


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アグリジェントのギリシャ神殿。シチリアにはたくさんの古代ギリシャ遺跡がありました。


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陶器の街、カルタジローネの大階段。 142段あり、上がりの部分は一枚一枚手書きのタイルで埋めつくされている。


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階段のタイル部分のアップ。中には楽器を弾いている絵も。


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大階段そばのB&B(Tre metri sopra il cielo)のテラス。


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ピアッツァ・アルメリア 古代ローマの別荘あと。モザイクの修復をする若者達。


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エオリア諸島リパリのドゥオーモのオルガン(1768年)。残念ながら鳴りません。


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リパリのレストラン、フィリッピーノ(フィリップ君)。カジキマグロとナスのフェットチーニ。ブォニッシモでした。


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魚屋さん。大きなカジキマクロは輪切りで売っています。


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キッチン付きのレジデンツァ(長期滞在型ホテル)で作った夕食の一品、ヴォンゴレ。


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チェファルちかくの海。高速道路から。

 
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オリーブの実。


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チェファル近くの小さな街、カステルブォーノのアグリトゥーリズモ。周りはオリーブの木ばかりでした。


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シチリア名産のナス。バレーボールぼどあります。


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あ、ぬげちゃった! 坊やには内緒! チェファルの海で。


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アグリトゥーリズモ、ベルギは、ずっと滞在していたくなるような素敵なところでした。夕食に出る野菜や朝食の赤いオレンジマーマレード、蜂蜜など、自家製ばかりでした。


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14世紀ごろのシチリア絵画の一部。フィーデル、オルガン、リコーダー、ハープ、リュート。(シチリア州立美術館)


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パレルモ、ノルマンディ様式のマルトラーナ礼拝堂(左)とイスラム様式のサン・カタルド教会(右)。


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シチリア最後の日に食べた昼食。パレルモの料理がずらり。


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日本では見ることのない アーモンドの生。


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巨大オリーブ 1キロ8ユーロなり。

なんだか、こうしてみると食べ物が多くて恥ずかしいですが、本当にシチリアの食はおいしかったです。それにしても、汗などかいたことがわからないほど空気は乾燥していて、あちこちに山火事のあとが見られたのは、ちょっとびっくりでした。道路にはみ出た半分焼けこげた老木など、かわいそうな状態でした。今ギリシャでも山火事が悲惨な状態のようで、放火も多いらしく、本当に残念なことです。水不足
も深刻なようで、ホテルにも節水のお願いが張り出されていました。日本人でさえサングラスなしでは目を開けていられないほどきつい太陽で、日焼け止めクリームを塗り続けたにもかかわらず、随分日焼けしまいました。でも冷え性の私にはちょっと元気になれたような気がします。

シチリアは、古代よりカルタゴ、ギリシャ、スペイン、フランス、ノルマンディ、イスラム等々多くの国々の植民地下にあったため、たくさんの文化が混在していて、イタリア本土にはみられないおもしろさがありました。

シチリアは思っていたより大きな島でした。10日あれば十分かと思っていましたが、どこの街も立ち去るときは後ろ髪を引かれるような思いがしました。まだ休暇期間の初めだったせいか、結構どこもすいていて、日本人には不思議なほど誰にも会いませんでした。

演奏旅行 ナルボンヌ

今年7月1日から4日まで、南フランスのナルボンヌ近くのフォンフロワ(Fontfroide)の修道院で、第2回古楽フェスティヴァルが開かれました。ジョルディ・サヴァルの企画するコンサートが、一日に2回づつ行われました。

ほとんど彼のファミリーのフェスティヴァルといった趣で、ジョルディをはじめ娘のアリアンナや息子のフェランのリサイタル、ガンバコンソートなど、サヴァル家のファンにとっては、見逃せない演目が連なっていました。

私は「サンフランシスコ・ザビエルのたどった東方への道」と題したコンサートで演奏するために、日本音楽の演奏家(能管、篠笛、尺八、琵琶)3人とともに当地へ向かいました。昨年12月にバルセロナで行われたコンサートと同じプログラムで、ザビエルのたどったスペイン、インド、日本、そして最後に上陸寸前で願いの叶わなかった中国の音楽をうまくミックスした興味深い内容のものです。

今回の旅行で撮った写真を少しご紹介します。

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これは、世界遺産にもなっているナルボンヌちかくのカルカソンヌという街です。中世の街並みがそのまま残っていて、それはそれは美しいところでした。数年前のジャンヌ・ダルクの映画の撮影にも使われたそうです。


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カルカソンヌにて。右から琵琶の田中之雄さん、能管と篠笛の鯉沼廣行さん、尺八の関一郎さん、そして鯉沼さんの奥様のすみ子さん。


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フォンフロワの修道院の中庭。ラベンダーをはじめすべてが紫の花! さすがおふらんすです!


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リハーサル風景(2枚)

   
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ジョルディの息子フェランと。リサイタルでは、自慢の美声と仲間たちとのギターコラボレーションで聴衆を魅了していました。


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娘アリアンナと鯉沼さん。 彼女のハープ弾き語りは、誰にもまねることのできない天性の美しさを備えています。


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最後のパーティーで。ガンバのフィリップ・ピエルロと。

エスペリオンXXI フランシスコ・ザヴィエル生誕500年記念コンサート

(ガンバ協会の会報に書いたその時の報告記事をこのあとに添付します。)
~フランシスコ・ザヴィエルのたどった東方への路~

昨年12月22日、バルセロナの「海の聖マリア教会」で行われたこのコンサートに、日本音楽の演奏家3人とともに参加した。ジョルディのこのコンサートの意図は、スペイン人ザヴィエルがインドに渡って、更に日本へ向かった経路をたどり、そこで奏でられていた音楽を綴るものであった。


ジョルティの家にて
彼からの依頼で当初は、今も残る長崎生月島の隠れキリシタンの方々のオラショをと考えたが、歴史的には大変面白いけれど、音楽会でもあり、かなりのご高齢とも聞いたので、これを断念。その時代の日本の武士、庶民、僧の音楽を紹介することにした。能管と篠笛の鯉沼広行さん、琵琶の田中之雄さん、尺八の関一郎さんというそうそうたるメンバーをお連れすることができた。

コンサートの前に、バルセロナの近郊、カルドーナという街のお城にある礼拝堂で録音が行われた。大変景色の良い丘の上のこのお城は新しく改装されて、中に4つ星のホテルとレストランもある。ちょうどクリスマスシーズンで清楚な飾り付けも美しかった。この日は日本音楽の録音だけ行われたので、私の仕事は通訳だけだったが、録音の行われた礼拝堂は、私が今まで知る中で最高に響きがよかった。ジョルディたちはいつもここで録音しているそうで、本当にうらやましい。天井が高く適度な広さ、とても分厚い柱も響きに関係しているのだろう。しばらくヴァカンスを過ごしたくなるような環境、おいしい食事、そして素晴らしい客室だったが、残念ながら仕事が終わるやバルセロナに帰った。


リハーサル
次の日は、コンセルヴァトヮールでリハーサルが行われた。総勢24人。歌がモンセラート・フィギュエラスとアリアンナ・サヴァル、パスカル・ベルタンら(ラ・カペラ・レアル・デ・カタルニァの面々)7人、フルートがピエール・アモン、コルネットがジャン・ピエール・カニヤック、ドルツィアンがホセ・ボラス、ガンバがジョルディ・サヴァル、セルジ・カサデムント、フィリップ・ピエルロ、私、オルガンがルカ・グリエルミ、パーカッションがペドロ・エステヴァン、それにサックバットが2人、プサルテリウム、ビウエラ。アリアンナはハープも。インド音楽はサロドをケン・ツッカーマンが担当した。久方ぶりにいろいろな国々から集まったメンバーという感じで、「やー、久しぶり、元気かい?」が、スペイン語、カタロニア語、フランス語、イタリア語、英語で飛び交う。私も懐かしい人たちに会った。特にコルネットのジャンピエールは20年ぶり?の再会。フィリップとは、二人とも20代の時、ミュンヘンで一緒にバロック・オペラの仕事して以来だ。初めてあった人でも、主人山岡のリコーダーを注文してくれた人、共通の知人を持つ人などいろいろ繋がっていて、とてもなごやかだった。

エスペリオンのリハーサルは、いつものことながら中身を把握しているのはジョルディだけだ。前の日にホテルに届いた楽譜を前に、一曲ごとにこの曲は何回繰り返し、一回目は誰それ二回目は誰それなど、ジョルディが指示する。みんなはそれを鉛筆で書き込む。そして音出しは殆どの曲が一回のみだ。難しい曲はないけれど、知らない曲だと2回ぐらいはやってほしいなぁ、と思いながらも、時間はどんどん過ぎていく。みんなに伝えるときは、だいたいスペイン語とフランス語だ。だから理解できなかったときは周りの人に尋ねたり、ジョルディに直接訊きに行ったりする。彼は個人的に話すときは、相手によっていろいろな言語になる。私とは2年前からイタリア語でしゃべってくれるが、音楽的な注文になると、突然無意識にドイツ語になってしまう。はは~ん、またバーゼル時代の師弟関係にスリップしているな!

当日の会場練習で、やっと流れがわかってきた。でも名手揃いとはいえ、たったこれだけのリハーサルだけでちゃんと本番がスムーズにいくのだろうか。たまにしかエスペリオンに参加しない私は、内心とてもひやひやしていた。なにしろ拍手なしに続くプログラムだから、「間」が大切なのだ。

プログラムは次のように区分けされていた。

1.Ad Processionem 
2.Ad Vesperas
3.Ad Matutinum
4.Oratio
5.Invocationem
6.Celebrationem
7.Oraculum

第一曲はエスペリオンによるCum Autem。それが終わると、客席後ろから歩きながら、羽織袴の鯉沼さんが、篠笛で登場。し~んと静まりかえった教会に響き渡る日本の笛、会場にいる者全員が耳を澄ませて聴き入った。そしてChristus Natus est nobis Venite, exuitemus Domino の合唱。次にインド、ゴアの音楽(インドの服であぐらをかいて演奏された)。このようにスペイン音楽と日本音楽とインド音楽が繋がりよく交互に並んでいた。

後半のはじめは、隠れキリシタンのオラショでも知られる O gloriosa domina が演奏された。前半ではそれぞれの音楽は個別に演奏されていたが、この曲にきて全ての楽器によるセッションが行われた。実は前日まで予定されていなかったのだが、急遽尺八と琵琶によるインプロヴィゼーションが挿入されたのだった。和楽器での O gloriosa domina。もしかしたら450年前に弾かれたかもしれない。ぞくぞくするほど素晴らしかった。ジョルディ達も大喜びだった。


コンサートの打上げ
コンサートの最後は、El cant de la Sibil・la。 管楽器によるファンファーレに続き、モンセラートの歌とバストラヴェルソとプサルテリウム、そして声楽アンサンブル、ガンバアンサンブルが交替で応答する。祭壇の上に作られた舞台からだけでなく、聴衆には見えない祭壇の裏側、バルコニーなど、教会中のあちこちから聞こえる。その荘厳な音楽は、苦労して東方へ向かったザヴィエルをたたえるコンサートの最後にふさわしいものであった。ジョルディのアイデア、演出力には脱帽であった。それは彼の絶えることのない向学心とファンタジーの賜である。1300人のスタンディングオーヴェーションというのも初めて体験した。


トレド
コンサートの翌日、日本音楽演奏家たちと私は、マドリッドへ向かった。プラド美術館の絵画のすばらしさには感動した。そして次の日、念願のオルティスの故郷トレドを訪れた。16世紀のまま止まってしまったような小さな街、ひょっこりオルティスが街角から出てきそうな錯覚を覚えた。ナポリに赴任しても自分がトレド出身であることを常に誇りに思い、郷愁に駆られていただろうと想像した。

市立音楽院
残念ながら、オルティスの生家や足跡は何もわかっていないのだが、散歩していて偶然、市立音楽院 ”Diego Ortiz”という小さな建物を見つけた。今のトレドの人たちは、彼がヴィオラ・ダ・ガンバの名手であったことを知っているだろうか? そう願う気持ちでいっぱいになった。


写真提供 鯉沼廣行氏  

つくば、アンサンブル合宿

8月22日から25日まで、つくば、ゆかりの森、あかまつで、アンサンブル合宿を行いました。

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今年で7回目になります。
講師はリコーダーの本村睦幸さんとチェンバロの上尾直毅さんと私です。スタッフとして大活躍して下さるのは長谷川敦子さん、チェンバロを運んで貸して下さり、恒例のバーベキューではサンマ焼きのスペシャリストに早変わりするのは、製作家の横田誠三さんです。そして大家族の母のごとく朝ご飯などのお世話をしてくださるのは、森田彰子さん。彼らの先導のもと、受講生のみなさんが積極的にお手伝いして下さり、好意の結晶で成り立っているので、私たちは講習会ではなく、合宿と呼んでいます。


グループ参加、個人参加さまざまですが、この合宿では、9つのグループを作り、ルネサンスとバロックのアンサンブル曲を、3人の講師が異なる見方、感性でレッスンします。30人限定なので初めての人たちもすぐに顔や名前を覚えてしまうようです。

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講師コンサートに始まり、午前3時間と午後3時間のレッスンがあって、晩にはルネサンスやバロックの簡単なダンスをみんなで踊ったり、興味深い講演会もあり、かなり中身の濃い内容になっていますが、必ず一度はバーベキュー大会があり、夜はもちろん宴会、と楽しいおしゃべりの時間もたくさん組み込まれています。

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今年は、よく練習して来られた受講生が多くて、総じていいレッスンになりました。最後の発表会も聴き応えのある曲が多かったです。通奏低音のアシスタントとして参加して下さったリュートの坂本龍右くんも、3つのグループの通奏低音とインタヴォラトゥーラに関するミニ講演で大活躍でした。

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間際になって韓国から2人の受講生がエントリーなさいましたが、言葉の壁は心配したほどでなく、スムーズにアンサンブルに入っていらっしゃいました。写真を取り合ったりアドレスを交換したりと、うち解けて下さったようでよかったです。

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2日目のお昼休みには、地域の障害を持つお子さん達のために、ミニコンサートをさせていただく機会がありました。初めてのバロック音楽ににこにこして聴いて下さったのには、とても嬉しかったです。今後このような地域との交流がもっと増えるといいなと思いました。それにしてもボランティアの方々の献身的なお世話には頭が下がりました。

この合宿は、毎年6月から応募受付しています。リピーターのかたもたくさんいらっしゃいますが、初めてのかたも大歓迎です。グループ参加のほうが有り難いですが、個人参加でも、できるだけレベルに合わせて組み合わせを決めるようにしています。30人しか受け付けないので早めに応募していただいたほうがよいと思います。

古楽器のアンサンブルならガンバ、リコーダー、チェンバロ、トラヴェルソ、リュート、ヴァイオリン、チェロ等々、なんでもOKです。好きな楽器を持って、8月の後半、つくばにいらっしゃいませんか?
 
日程、応募要項は追ってお知らせします。


写真提供 武藤哲也氏

韓国、春川古楽フェスティヴァル

7月24日から28日まで韓国の春川(チュンチョン)古楽フェスティヴァルに行ってきました。チュンチョンは、韓国の北部にある都市で、冬のソナタのロケ地として有名になったところです。このフェスティヴァルは、今年で2回目で、去年に引き続き、主人の山岡重治が講師の一人としてマスターコースのレッスンを担当しました。

韓国はここ数年リコーダーが爆発的に盛んになってきていて、特に若い学生がたくさんいます。レベルもとても高いです。日本からは早崎さんも講師としていらしていました。彼の韓国語には感心しました!

リコーダーが中心の講習会ですが、今年はガンバの受講生も2人いたので、私も演奏会の他にレッスンもすることになりました。リコーダー以外の古楽器については、まだ人数も少ないですが、好奇心、向上心旺盛な若い古楽器奏者のようすは、日本の35年前くらいの感じで、とても懐かしい感じがしました。

コンサートは、山岡のリコーダーと金子浩さんのリュートと私のガンバで演奏しました。韓国のお客さんは拍手がはんぱでなく、日本人より感情を表に出すんですね。

念願のホームぺージ!

コンピューターに疎い私には、無理、と思っていたホームページを立ち上げることになりました。友人の宮崎さんご夫婦に感謝!

これからいろいろな情報やお話、写真などを掲載していきたいと思います。

どうぞ皆様、ときどき覗いて下さいね。

平尾雅子


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